1 医療行為と刑事責任について (中間報告)

平成 31 年 3 月 29 日 医療行為と刑事責任の研究会

2 目次 第1章 はじめに 第2章 刑事医療裁判等の統計

第3章 過去の刑事医療裁判の解析方法と結果

第4章 考察

第5章 今後の検討課題

第6章 結語 表1 刑事医療裁判件数等の推移

表2 基礎データ(分析対象の性別、職種等)

表3 刑事裁判群とコントロール群における因子の比較

表4 各因子の背景となる心理の比較

表5 情状事実(公判請求事件)

巻末資料1 事例集 巻末

資料2 刑法・刑事訴訟法の考え方

 

3 研究要旨 〔目的〕 医療事故により、かけがえのない家族を失った遺族の悲しみは計り知れないものであり、過去 には、医療従事者が、刑事責任を問われる医療事故が存在し、社会の高い関心を集めてきた。一方、医療 行為は、患者の命を救い、健康を保持する目的のために行われるという高い公益性を有しているところ、 医療界では「いかなる医療行為も、人体を対象とする以上は、その不確実性から、100%の安全性や治療 効果が保障されているわけではない。

 

医療行為の結果、患者に死亡や重大な後遺症が発生した場合にお いても、医師等の医療従事者が、刑事責任を問われることは理不尽ではないか。」といった声も根強い。 こうした中、平成 27 年には、医療従事者の責任追及ではなく、医療事故の再発防止を目的とした「医療 事故調査制度」が開始され、患者・家族への説明の徹底、再発防止策の策定等、医療現場に安全文化が醸 成されつつある。また、医療安全の研究領域では、診療現場におけるエラーをいかに減らすか、またエラ ーが生じたとしてもいかに被害を減らすかという視点からの研究がなされ、医療界の努力によって、医 療の質・安全性は、以前に比べ格段に向上した。

 

しかし、刑事医療裁判件数の推移やその内容に着目した 研究はほとんどなされておらず、医療事故に対する医師等の刑事責任の実態が明らかにされていないこ とが、医療界に不安感をもたらす一因になっているとの意見もある。こうした観点から、平成 29 年に、 厚生労働省に「医療行為と刑事責任の研究会」が設置され、統計により過去の刑事医療裁判等の推移を明 らかにするとともに、裁判例等を分析・検討することによって、刑事裁判となった事例の特徴を考察する こととし、今般、中間的な報告を行うこととした。

 

〔方法〕 刑事医療裁判の件数の推移については、刑事裁判に関する書籍及び論文に収載された事例に 加えて、判例データベース等を集計した。次に、刑事医療裁判となった事例の特徴を明らかにするため、 刑事裁判となった事例(刑事裁判群、 n = 282)と刑事裁判にならなかった事例(コントロール群として 診療関連死モデル事業、 n = 150)において、医療の観点から各事例が有する特徴(以下「因子」とい う。)を抽出し比較した。 〔

 

結果〕 刑事医療裁判の件数は、平成 11 年に 2 件であったのが増加傾向となり、平成 17 年に 47 件と ピークを認め、その後減少し、平成 28 年は 2 件となっていた。刑事医療裁判となった事例の特徴を一言 で表現することは難しいものの、「周囲の指摘や警告、院内のルール、当時の一般的な治療法等を無視し、 あえて医学的な知見の裏付けのない行為に及ぼうとする心理」や「本来、行うべき行為をうっかりして行 わないような心理」等を背景としていると考えられる因子を含む事例を多数認めた。 〔考察〕 今後詳細な分析を行う必要があるものの、刑事裁判例については、通常の医療従事者のモラル や協調性をもって業務に従事し、また、通常診療で行うべき確認行為を行っていていれば医療事故に至 らないような事案が多くを占めると思われた。

 

また、調査した事例の範囲では「必要なリスクを取った医 療行為の結果、患者が死亡したケース」について刑事裁判で有罪となった例は存在しなかった。いかなる 事案が刑事訴追されるかについては、個々の事案に即して、担当検察官の具体的な判断によるべきこと は当然であるが、医療従事者として一般に求められる注意を怠ることがなければ、必要なリスクを取っ た医療行為の結果、患者が死亡した場合であっても刑事責任を問われることはないものと考えられた。

 

4 第1章 はじめに 〔基本設例〕 医師が、抗生物質を患者に静脈注射したところ、患者が急死した。患者の遺族が、医療事故を疑 い、所轄警察署に相談することとなった。 長年にわたる医療従事者・医療機関の取組みにより、現在では、医療安全のための体制整備、患者や遺 族への説明の徹底、再発防止策の策定等が浸透し、医療現場における安全文化が醸成されつつある。

 

ま た、国においては、平成 27 年から医療法に基づく「医療事故調査制度」が開始された。本制度は、医療 機関が行う調査を基本とし、医療従事者に対する責任追及ではなく、医療事故の再発防止を目的とする ことにその特徴がある。 一方で、医療事故が、刑法における業務上過失致死傷罪に該当するとして、医師をはじめとした医療従 事者が刑事裁判の被告人となり、有罪となる事例も存在する。このため、医療界には、〔基本設例〕のよ うな場面に遭遇した際、「捜査協力によって医療提供体制が影響を被るのではないか。」、「患者のために と考えて行った治療について、誤った解釈がなされ、罪に問われることになるのではないか。」といった 根強い不安感がある。

 

また、「そもそも医療界には、医療行為は、人体に重大な影響を及ぼす危険性のあ る行為であるが、人命を救い、健康を保持するという高い有用性、公益性を有する行為であるから、患者 の回復を願って誠実に治療を行ったにもかかわらず、結果として患者が死傷した場合に刑事責任を問わ れるのは、あまりに理不尽ではないか。」といった声もある。

 

さらに、医療安全の観点からは、システム エラーを防止する体制整備や再発防止策を策定することが重要であるのに、医療従事者に刑事責任を問 うことが、医療安全の推進に資するのかといった疑問も投げかけられている。

 

他方、医療事故によって、思いがけず重大な障害を受けた者、大切な家族を失った遺族の被害感情は計 り知れない。不適切な医療行為の結果、患者が死亡し、又は後遺障害を負った場合等に、医療従事者やそ の使用者(病院等)が、民事上の損害賠償責任を負うのとは別に、刑事上の責任を負うことが、現行法制 度の基本的考え方に照らして相当と認められる事例も、一定程度存在すると考えられてきた。

 

これまで、医療安全の研究領域においては、いかにエラーを減らすか、またエラーが生じたとしてもい かに被害を減らすかという視点からの研究と対策が講じられ、医療の質や安全性は、以前に比べ格段に 向上したとされる。これに対して、どのような事案について、医療従事者に刑事責任が問われたかという 観点からの研究は、ほとんどなされてこなかった。加えて、「年間果たして何件の医療事故が刑事事件と して取り扱われているのか。」、「その件数は時代とともに変化しているのか。」、「刑事裁判に至った医療 事故の内容はいかなるものか。」といった医療事故に対する医師等の刑事責任の実態が、必ずしも明らか でないことも、医療界の不安感の原因の一つになってきたと考えられる。

 

また、〔基本設例〕のような場面に遭遇した際に、医療従事者あるいは、患者・遺族が、円滑なコミュ ニケーションをとるためには、「刑法の考え方」「刑事手続の流れ」などについても、互いに共通認識を得 ておくことが望ましいが、そのような手引きは、これまでほとんど存在しなかった。 こうしたニーズに応えるために、平成 29 年に、厚生労働省に「医療行為と刑事責任の研究会」(以下 「研究会」という。)が設置された。研究会は、医学と法律学の有識者により構成され、統計により過去 の刑事医療裁判等の推移を明らかにするとともに、過去の裁判例等を分析・検討することを通じて、刑事 5 裁判となった事例の特徴を考察した。ここにこれまでの研究結果を中間的にまとめて報告する。

 

また、研究会で検討を進めるなかで、現在の刑事医療裁判を取りまく課題も、徐々に明らかとなってき た。これらの課題については、本研究会の成果の一部として、第 5 章「今後の検討課題」において、将来 的な政策論点を整理した。

 

第2章 刑事医療裁判等の統計 研究会では、まず、刑事医療裁判等に係る統計を作成することを試みた。具体的には、過去 18 年間(平 成 11 年~平成 28 年)の刑事医療裁判の情報を中心に、その件数等の経年的変化を明らかにした。 刑事医療裁判については、刑事裁判に関する書籍及び論文に収載された事例に加えて、レクシスネク シス・ジャパン株式会社の判例データベース等を対象とした。1 2 また、民事医療裁判の件数については、 最高裁判所医事関係訴訟委員会の調査結果を用いた。3 その結果を表 1 に示す。

 

6 表 1 刑事医療裁判件数等の推移 a) 警察への届出等総数 被害関係者届出件数 医療関係者届出件数 その他届出件数 立件送致数 刑事裁判(件数)

 

主な結果は、以下のとおりである。

 

○ 警察への届出等総数は、平成 13 年に 105 件であったのが、平成 16 年に 255 件と 2 倍以上に増加し ピークを認め、その後減少し、平成 28 年時点では 68 件と、平成 13 年当時の件数を下回っていた。警 察への届出等総数の届出者の内訳について、平成 13 年と届出が最大数に増加した平成 16 年を届出者 別に比較すると、被害関係者からは 17 件から 43 件と約 2.5 倍に、医療関係者からも 80 件から 199 件 と約 2.5 倍となっており、両者でその増加割合が同等程度であった。

 

○ 平成 24 年から平成 28 年における届出数・立件送致数とそのうち刑事裁判(略式請求事案を含む。) となった数の割合をみると、警察への届出数の 20.9 件に 1 件、警察から立件送致された 13.1 件に 1 件が刑事裁判(略式請求事案を含む。)となっていた。

 

〇 刑事医療裁判件数(人数)の変化についてみると、平成 11 年に 2 件(2 人)であったのが増加傾向 となり、平成 17 年に 47 件(59 人)とピークを認め、その後減少し、平成 28 年は 2 件(2 人)であっ た。 ○ 過去 18 年間の刑事医療裁判 202 件(256 人)のうち、公判請求された事件は 38 件(50 人)であり、 判決結果としては、禁錮 26 件(33 人)、罰金 6 件(11 人)、無罪 6 件(6 人)であった。これに対し、 略式請求事案は 164 件(206 人)であり、その全数が罰金 164 件 (206 人)で終了していた。 ○ 民事医療裁判の件数の増減についても、刑事裁判と概ね同様の傾向を示し、平成 11 年に 569 件であ ったのが、平成 18 年に 1,139 件とピークを認め、その後減少し、平成 28 年時点においては 789 件で あった。 第3章 過去の刑事医療裁判の解析方法と結果 次に、刑事医療裁判の裁判例の特徴を明らかにするため、刑事裁判となった事例(以下「刑事裁判 群」という。)と刑事裁判にならなかった事例(以下「コントロール群」という。)において、その事例 が有する特徴(以下「因子」という。)を比較した。 比較方法の詳細を以下に示す。 1)刑事裁判群については、前述の刑事医療裁判統計で収集した平成 11 年から平成 28 年までの刑事 医療裁判 202 件(256 人)を分析対象とした。なお、一つの事例が複数の審級に及んでいる場合、 一つの事例で複数の被告人がいる場合は、その審級、当事者ごとに因子が異なることが想定され るため、各審級、各被告人を 1 件として取り扱い解析することとし、そのようにして計測した。 その結果、刑事裁判群は 282 件(うち 9 件が無罪)となった。 2) コントロール群については、厚生労働省「診療関連死モデル事業」(平成17年9月~平成27年3 月)の対象となった事例224件のうち、診療中の疾病が悪化して死亡したと考えられる事例を除 外した150件を比較対象とした。4 「診療関連死モデル事業」の対象事例は、過去に実施された厚 8 生労働省の補助事業であり、診療上の問題点と死亡との因果関係を明らかにするとともに、同 様の事例が再発しないための対策を検討するものである。なお、診療関連死モデル事業は、全 例において刑事裁判となっていない。診療関連死モデル事業の事例をコントロール群として採 用した理由は、医療界において、一般に、「診療行為に起因した死亡」と考えられる事例と、刑 事医療裁判事例の特徴を比較するためである。この点については、本研究の限界(解釈上の注 意点)15頁の①部分も参照していただきたい。 3) 刑事裁判群については判決文から、コントロール群については厚生労働省「診療関連死モデ ル事業」報告書から、「因子」を抽出し記録した。4 ここでいう「因子」とは、たとえば「医学 文献の確認が十分であったか」、「機器の接続・状態を確認したか」等、事例ごとに認められる 医療の観点から見た具体的特徴をさす。 4) 各因子について、刑事訴追群とコントロール群における出現状況を算出し、両群間におい て、各因子の出現状況を比較した。 ○ 刑事裁判群及びコントロール群の基礎データを表 2 に、両群における因子の比較を表 3 に示す。 表 2 基礎データ(分析対象の性別、職種等) n ( % ) n ( % ) n ( % ) 1 男性 59 ( 21 ) 91 ( 61 ) 1 ( 0 ) 2 女性 94 ( 33 ) 59 ( 39 ) 6 ( 2 ) 3 不明 124 ( 44 ) 0 ( 0 ) 2 ( 1 ) 4 多数 5 ( 2 ) 0 ( 0 ) 0 ( 0 ) 1 医師 139 ( 49 ) 148 ( 99 ) 8 ( 3 ) 2 看護師 75 ( 27 ) 1 ( 1 ) 0 ( 0 ) 3 准看護師 28 ( 10 ) 0 ( 0 ) 0 ( 0 ) 4 薬剤師 14 ( 5 ) 0 ( 0 ) 0 ( 0 ) 5 臨床検査技師 1 ( 0 ) 0 ( 0 ) 0 ( 0 ) 6 放射線技師 4 ( 1 ) 0 ( 0 ) 0 ( 0 ) 7 介護士 1 ( 0 ) 0 ( 0 ) 0 ( 0 ) 8 保育士 1 ( 0 ) 0 ( 0 ) 0 ( 0 ) 9 その他 19 ( 7 ) 1 ( 1 ) 1 ( 0 ) 1 注射に関するもの 50 ( 18 ) 0 ( 0 ) 0 ( 0 ) 2 投薬・調剤に関するもの 22 ( 8 ) 4 ( 3 ) 0 ( 0 ) 3 麻酔に関するもの 11 ( 4 ) 0 ( 0 ) 2 ( 1 ) 4 輸血・輸液に関するもの 18 ( 6 ) 0 ( 0 ) 0 ( 0 ) 5 薬物ショックに関するもの 2 ( 1 ) 3 ( 2 ) 0 ( 0 ) 6 手術・手技に関するもの 77 ( 27 ) 110 ( 73 ) 5 ( 2 ) 7 医療機器の操作に関するもの 69 ( 24 ) 8 ( 5 ) 0 ( 0 ) 8 診断に関するもの 8 ( 3 ) 14 ( 9 ) 2 ( 1 ) 9 治療・処置に関するもの 2 ( 1 ) 8 ( 5 ) 0 ( 0 ) 10 看護に関するもの 16 ( 6 ) 2 ( 1 ) 0 ( 0 ) 11 管理に関するもの 7 ( 2 ) 1 ( 1 ) 0 ( 0 ) I 患者性別 II 当事者職種 III 類型 コントロール群 (n = 150) (参考) 刑事裁判 群のうち無罪例 (n = 9) 刑事裁判群 (n = 282) 9 表 3 刑事裁判群とコントロール群における因子の比較 n ( % ) n ( % ) OR P AOR P n ( % ) 1 医学文献の確認が不十分 12 ( 4 ) 1 ( 1 ) 6.622 ( .853 - 51.429 ) .038 - 0 ( 0 ) 2 診療録・治療計画書等の内容を確認せず 19 ( 7 ) 1 ( 1 ) 10.76 ( 1.427 - 81.217 ) .004 - 0 ( 0 ) ■ 3 チーム間での指示メモを誤読 4 ( 1 ) 0 ( 0 ) ∞ ( - ) .143 - 0 ( 0 ) 4 検査・治療計画の吟味が不十分 9 ( 3 ) 15 ( 10 ) 0.297 ( .127 - .695 ) .003 - 0 ( 0 ) □ 5 既存疾患と治療内容の把握が不十分 0 ( 0 ) 6 ( 4 ) 0 ( . - . ) .001 - 0 ( 0 ) 6 問診が不十分 6 ( 2 ) 1 ( 1 ) 3.239 ( .386 - 27.158 ) .252 - 1 ( 0 ) 2 注意・警告 7 薬品・添付文書・機器に警告表示あり 14 ( 5 ) 2 ( 1 ) 3.866 ( .867 - 17.241 ) .057 - 0 ( 0 ) 8 施術・機器操作・投薬時の事前教育が不十分 14 ( 5 ) 12 ( 8 ) 0.601 ( .270 - 1.334 ) .207 0.3555 ( .080 - 1.577 ) .174 0 ( 0 ) 9 施術・機器操作・投薬時のチェック体制の不備 10 ( 4 ) 2 ( 1 ) 2.721 ( .588 - 12.581 ) .183 - 0 ( 0 ) 10 患者の安全管理体制が不十分 14 ( 5 ) 3 ( 2 ) 2.56 ( .724 - 9.052 ) .131 - 0 ( 0 ) ■ 11 薬の保管・管理体制に問題あり 4 ( 1 ) 0 ( 0 ) ∞ ( - ) .143 - 0 ( 0 ) 〇 12 十分なインフォームド・コンセント無し(合併症発生後を含む) 13 ( 5 ) 60 ( 40 ) 0.072 ( .038 - .138 ) .000 0.0723 ( .019 - .270 ) .000 0 ( 0 ) 〇 13 同意書面・説明書面の記載不十分 2 ( 1 ) 11 ( 7 ) 0.09 ( .020 - .413 ) .000 0.0031 ( .000 - .782 ) .041 0 ( 0 ) 5 患者側事情 □ 14 もともと重篤な状態 0 ( 0 ) 16 ( 11 ) 0 ( . - . ) .000 - 0 ( 0 ) 15 治療行為・処置に必要な事前準備・検査が不十分 44 ( 16 ) 27 ( 18 ) 0.842 ( .498 - 1.426 ) .522 - 0 ( 0 ) 〇 16 診断の誤り 3 ( 1 ) 8 ( 5 ) 0.191 ( .050 - .731 ) .007 0.0858 ( .008 - .944 ) .045 0 ( 0 ) ■ 17 安全性・有効性が検証されていない術式・治療法を採用 12 ( 4 ) 0 ( 0 ) ∞ ( - ) .010 - 0 ( 0 ) 18 選択した術式・治療法・処置の適応・適切性に疑問あり 12 ( 4 ) 29 ( 19 ) 0.185 ( .092 - .376 ) .000 - 1 ( 0 ) 19 事前に予定していた医療行為を変更 2 ( 1 ) 3 ( 2 ) 0.35 ( .058 - 2.118 ) .232 - 2 ( 1 ) 20 院内規則・ガイドライン・マニュアル・申し送りに違反 9 ( 3 ) 9 ( 6 ) 0.516 ( .201 - 1.330 ) .164 - 3 ( 1 ) ■ 21 チーム内の関係者が、院内規則や被告人からの申し送り等に違反 4 ( 1 ) 0 ( 0 ) ∞ ( - ) .143 - 1 ( 0 ) 22 当該術式を安全に施行するための知識・技術・経験無し 17 ( 6 ) 6 ( 4 ) 1.54 ( .594 - 3.991 ) .371 9.1746 ( .901 - 93.430 ) .061 0 ( 0 ) ● 23 平均的医療水準を満たさない手技上のミス・処置不適切 36 ( 13 ) 7 ( 5 ) 2.99 ( 1.297 - 6.893 ) .007 11.101 ( 2.186 - 56.384 ) .004 0 ( 0 ) ■ 24 機器の操作上のミス 21 ( 7 ) 0 ( 0 ) ∞ ( - ) .001 - 0 ( 0 ) 25 手術中・検査中・投薬による器官損傷・合併症 142 ( 50 ) 68 ( 45 ) 1.223 ( .822 - 1.820 ) .320 - 4 ( 1 ) ■ 26 禁忌薬物の投与 8 ( 3 ) 0 ( 0 ) ∞ ( - ) .037 - 0 ( 0 ) ■ 27 対象患者を誤信したことによる不適合輸血 5 ( 2 ) 0 ( 0 ) ∞ ( - ) .101 - 0 ( 0 ) ■ 28 血液型を誤信したことによる不適合輸血 11 ( 4 ) 0 ( 0 ) ∞ ( - ) .014 - 0 ( 0 ) 29 気道挿管をしようとして食道挿管 5 ( 2 ) 1 ( 1 ) 2.69 ( .311 - 23.234 ) .350 - 0 ( 0 ) 30 食道挿管しようとして気道挿管 12 ( 4 ) 1 ( 1 ) 6.622 ( .853 - 51.429 ) .038 - 0 ( 0 ) 31 その他チューブやカニューレ等の誤挿入 5 ( 2 ) 3 ( 2 ) 0.884 ( .208 - 3.753 ) .868 - 0 ( 0 ) ■ 32 栄養ラインと輸液ラインとの取り違え 5 ( 2 ) 0 ( 0 ) ∞ ( - ) .101 - 0 ( 0 ) ■ 33 装置の誤装着 8 ( 3 ) 0 ( 0 ) ∞ ( - ) .037 - 0 ( 0 ) 34 患者の動静を確認せず/術中のモニタリング不十分 65 ( 23 ) 14 ( 9 ) 2.91 ( 1.572 - 5.387 ) .000 - 4 ( 1 ) ■ 35 機器の接続・状態確認が不十分 37 ( 13 ) 0 ( 0 ) ∞ ( - ) .000 - 1 ( 0 ) ■ 36 処置の誤りに気付いたり、指摘を受けた後も中止せず 11 ( 4 ) 0 ( 0 ) ∞ ( - ) .014 - 0 ( 0 ) ● 37 ミス・異常を気付かせる前提事実の認識あり 72 ( 26 ) 17 ( 11 ) 2.682 ( 1.515 - 4.750 ) .001 10.864 ( 2.669 - 44.226 ) .001 5 ( 2 ) ■ 38 患者の人定確認無し 12 ( 4 ) 0 ( 0 ) ∞ ( - ) .010 - 0 ( 0 ) ■ 39 手術データ・検査結果と患者との照合確認無し・取り違え 20 ( 7 ) 0 ( 0 ) ∞ ( - ) .001 - 0 ( 0 ) □ 40 診療録の記載や動画記録が不十分 0 ( 0 ) 44 ( 29 ) 0 ( . - . ) .000 - 0 ( 0 ) ■ 41 薬種の誤り 19 ( 7 ) 0 ( 0 ) ∞ ( - ) .001 - 0 ( 0 ) ■ 42 投与・交付の際に薬自体を取り違え 13 ( 5 ) 0 ( 0 ) ∞ ( - ) .008 - 0 ( 0 ) 43 薬量の誤り 34 ( 12 ) 5 ( 3 ) 3.976 ( 1.521 - 10.393 ) .003 - 0 ( 0 ) 44 薬剤・麻酔の投与方法の誤り 26 ( 9 ) 2 ( 1 ) 7.516 ( 1.759 - 32.117 ) .002 - 0 ( 0 ) 45 調剤の誤り 10 ( 4 ) 1 ( 1 ) 5.478 ( .694 - 43.209 ) .071 - 0 ( 0 ) 46 処方監査の誤り 5 ( 2 ) 1 ( 1 ) 2.69 ( .311 - 23.234 ) .350 - 0 ( 0 ) 47 看護師・研修医に適切な指導・監督が行われず 10 ( 4 ) 8 ( 5 ) 0.653 ( .252 - 1.690 ) .376 - 0 ( 0 ) 〇 48 チーム内でのチェック不全・報告・連携不足 28 ( 10 ) 41 ( 27 ) 0.293 ( .172 - .498 ) .000 0.128 ( .047 - .351 ) .000 1 ( 0 ) 49 ミス発生防止のため必要な指示・申し送りをせず 26 ( 9 ) 5 ( 3 ) 2.945 ( 1.107 - 7.836 ) .024 - 0 ( 0 ) ■ 50 他者への曖昧な指示 4 ( 1 ) 0 ( 0 ) ∞ ( - ) .143 - 0 ( 0 ) ■ 51 曖昧な指示に対して確認せず 9 ( 3 ) 0 ( 0 ) ∞ ( - ) .027 - 0 ( 0 ) 〇 52 他科専門医への相談・協力依頼不十分 3 ( 1 ) 43 ( 29 ) 0.027 ( .008 - .088 ) .000 0.0156 ( .002 - .120 ) .000 0 ( 0 ) 53 高次医療機関への搬送無し・搬送遅れ 5 ( 2 ) 6 ( 4 ) 0.433 ( .130 - 1.444 ) .162 - 0 ( 0 ) ● 54 結果と因果関係ある他の医療従事者の行為あり 124 ( 44 ) 8 ( 5 ) 13.93 ( 6.580 - 29.491 ) .000 48.268 ( 8.701 - 267.750 ) .000 2 ( 1 ) ■ 55 被害者が複数 6 ( 2 ) 0 ( 0 ) ∞ ( - ) .072 - 0 ( 0 ) 〇 56 不適切な医療行為と結果との因果関係不明 2 ( 1 ) 18 ( 12 ) 0.052 ( .012 - .229 ) .000 0.0429 ( .005 - .402 ) .006 2 ( 1 ) 57 容態急変に備えた体制・マニュアル整備なされず 14 ( 5 ) 34 ( 23 ) 0.178 ( .092 - .345 ) .000 0.2293 ( .067 - .780 ) .018 1 ( 0 ) 58 容態急変・異常発生後の対応不十分 31 ( 11 ) 51 ( 34 ) 0.24 ( .145 - .397 ) .000 - 0 ( 0 ) 59 術後にした処置/処置をしなかったことが不適切 16 ( 6 ) 13 ( 9 ) 0.634 ( .296 - 1.356 ) .237 - 0 ( 0 ) ○ 60 術後のモニタリングが不十分 9 ( 3 ) 34 ( 23 ) 0.112 ( .052 - .242 ) .000 0.0531 ( .008 - .351 ) .002 0 ( 0 ) 〇 61 術後の合併症あり 3 ( 1 ) 40 ( 27 ) 0.03 ( .009 - .098 ) .000 0.0055 ( .000 - .075 ) .000 0 ( 0 ) 〇 62 発生結果が複合的病態・原因・患者側要因による影響あり 22 ( 8 ) 46 ( 31 ) 0.191 ( .110 - .334 ) .000 0.0875 ( .026 - .297 ) .000 3 ( 1 ) 63 機序が特殊/事故原因が本件で初めて判明 3 ( 1 ) 5 ( 3 ) 0.312 ( .073 - 1.323 ) .096 - 3 ( 1 ) □ 64 予見が不可能な類型の合併症 0 ( 0 ) 4 ( 3 ) 0 ( . - . ) .006 - 0 ( 0 ) □ 65 稀な合併症の発生 0 ( 0 ) 20 ( 13 ) 0 ( . - . ) .000 - 0 ( 0 ) 〇 66 高頻度な合併症の発生 6 ( 2 ) 19 ( 13 ) 0.15 ( .058 - .384 ) .000 0.1104 ( .025 - .496 ) .004 0 ( 0 ) 統計検定は、単変量解析(χ(カイ)自乗検定)、多変量解析(ロジスティック回帰分析)を行い、オッズ比(OR)と調整オッズ比(AOR)および それらの95%信頼区間(95%CI)を示した。P< 0.05を有意水準とした。 単変量解析では、コントロール群で0件の要因のオッズ比を∞、刑事裁判例で0件の要因のオッズ比を0とした。 多変量解析では変数減少法(p<0.25)による変数選択を行った。「-」は選択されなかった変数を示す。 統計解析ソフトはJMP13を利用した。 ●・・・刑事裁判群においてコントロール群よりも有意に高率で認められる因子; ■・・・刑事裁判群においてのみ認められた因子 ○・・・コントロール群において刑事裁判群よりも有意に高率で認められる因子; □・・・コントロール群においてのみ認められた因子 III 医療行為 の事後に関 する事情 1 急変後の対応 2 患者管理・報告 3 患者側事情 I 医療行為 の前提/事 前の事情 1 行為主体 ・準備行為 3 教育 ・体制整備 4 説明・告知 II 医療行為 自体に関す る事情 1 検査・診断 2 医学的適応 3 医療行為 の適切性 4 患者管理・記録 5 投薬・調剤 6 チーム医療 ・機関連携 7 患者側事情 大分類 小分類 因子 刑事裁判群 (n = 282) コントロール群 (n = 150) 単変量解析 多変量解析 (Model p<0.0001, R2 =0.68) (参考)刑事裁判 群のうち無罪例 (n = 9) 95%CI 95%CI 10 ○ 刑事裁判群において、コントロール群と比べ多く認められた因子、もしくは刑事裁判群においてのみ 認められた因子の特徴については、一言で表現しがたいものの、以下に示すような 2 つの心理を背景 としていると思われる因子が特徴的である。本研究会では、暫定的に、前者を「独善的な心理」、後 者を「軽率的な心理」と名付け、考察を加えることとした(表 4)。 ・ 周囲の指摘や警告、院内のルール、当時の一般的な治療法等を無視し、あえて医学的な知見の 裏付けのない行為に及ぼうとする心理(独善的な心理) ・ 本来、行うべき行為をうっかりして行わないような心理等(前提知識があり、行うべきでない 行為であることを認識し得たはずなのに、その認識を欠く心理を指す。本来、行うべきでない 行為をうっかりして行うような心理を含む。以下、同じ。)(軽率的な心理) 表 4 各因子の背景となる心理の比較 <独善的な心理を背景とした可能性のある因子> <独善的な心理を背景とした可能性のある因子> ■ 17 安全性・有効性が検証されていない術式・治療法を採用 〇 48 チーム内でのチェック不全・報告・連携不足 ■ 36 処置の誤りに気付いたり、指摘を受けた後も中止せず <その他の因子> <軽率的な心理を背景とした可能性のある因子> □ 5 既存疾患と治療内容の把握が不十分 ■ 3 チーム間での指示メモを誤読 〇 12 十分なインフォームド・コンセント無し(合併症発生後を含む) ■ 21 チーム内の関係者が、院内規則や被告人からの申し送り等に違反 〇 13 同意書面・説明書面の記載不十分 ■ 24 機器の操作上のミス □ 14 もともと重篤な状態 ■ 26 禁忌薬物の投与 〇 16 診断の誤り ■ 27 対象患者を誤信したことによる不適合輸血 □ 40 診療録の記載や動画記録が不十分 ■ 28 血液型を誤信したことによる不適合輸血 〇 52 他科専門医への相談・協力依頼不十分 ■ 32 栄養ラインと輸液ラインとの取り違え 〇 56 不適切な医療行為と結果との因果関係不明 ■ 33 装置の誤装着 ○ 60 術後のモニタリングが不十分 ■ 35 機器の接続・状態確認が不十分 〇 61 術後の合併症あり ● 37 ミス・異常を気付かせる前提事実の認識あり 〇 62 発生結果が複合的病態・原因・患者側要因による影響あり ■ 38 患者の人定確認無し □ 64 予見が不可能な類型の合併症 ■ 39 手術データ・検査結果と患者との照合確認無し・取り違え □ 65 稀な合併症の発生 ■ 41 薬種の誤り 〇 66 高頻度な合併症の発生 ■ 42 投与・交付の際に薬自体を取り違え ■ 50 他者への曖昧な指示 ■ 51 曖昧な指示に対して確認せず <その他の因子> ■ 11 薬の保管・管理体制に問題あり ● 23 平均的医療水準を満たさない手技上のミス・処置不適切 ● 54 結果と因果関係ある他の医療従事者の行為あり ■ 55 被害者が複数 刑事裁判群においてコントロール群よりも有意に高率で認められる因子 又は刑事裁判群においてのみ認められた因子 (表3の●又は■の因子) コントロール群において刑事裁判群よりも有意に高率で認められる因子 又はコントロール群においてのみ認められた因子 (表3の○又は□の因子) 11 第4章 考察 第1 刑事医療裁判の件数等について 「警察への届出等総数」については、平成 13 年から平成 16 年にかけて、約 2 倍以上に増加しピーク を認めた後、平成 20 年以降減少し、平成 28 年時点では 68 件と、平成 13 年当時を下回っており、こう した傾向は、被害関係者からの届出及び医療関係者からの届出件数においても認められた。また、刑事医 療裁判、民事医療裁判の件数においても、概ね同様の傾向を認めた。 このことは、平成 11 年に発生した都立病院事件(東京地判平 12.12.27 平成 12 年(合わ)第 199 号) や、平成 16 年に発生した県立病院事件(福島地判平 20.8.20.平成 18 年(わ)第 41 号)がメディアにも 取り上げられる中、社会全体の医療事故への関心が高まっていたことが、警察への届出等総数の増加の 背景の一つである可能性を窺わせるものである。また、平成 20 年以降の警察への届出等総数が減少した ことの要因としては、日本医療機能評価機構による医療事故情報収集等事業や医療事故調査制度の開始 などにより、医療事故の再発防止等が推進され、医療安全文化の醸成とその機運が高まってきたこと及 び医療事故保険制度の改革により損害填補が促進されたことが考えられる。今後も再発防止の観点から の医療安全の取組みを強化することと早期に適正な被害填補をすることが重要である。 また、こうした「警察への届出等総数」「刑事裁判件数」等の基礎的統計データを今回と同様の方法に よって継続的に収集し公開することは、刑事医療裁判事例の現状を正確かつ客観的に把握するために必 須といえよう。 第2 刑事医療裁判の事例の特徴について 第3章においても述べたように、刑事裁判群とコントロール群で認められた因子をみると、両者の特 徴を一言で表現することは難しいものの、刑事裁判群では、「独善的な心理」「軽率的な心理」を背景とし ていると思われるものが特徴的である。具体的には、刑事裁判群においては、独善的な心理を背景とした 可能性のある因子 2 種類、軽率的な心理を背景とした可能性のある因子 16 種類を認めた(表 4)。 そこで、まず「1 裁判例等の検討」として、実際の裁判例を示しつつ、どのような事実関係が、上記 2 つの心理の存在を示唆するのかについて説明する。詳細については、適宜、巻末資料 1「事例集」を参 照していただきたい。 ついで、「2 総括」として、こうした心理の有無に着目し裁判例について考察する。 1 独善的な心理を背景とした因子を含む事例 〔裁判例 1(甲病院 抗がん剤集中投与事件)〕(さいたま地判平 18.10.6.平成 18 年(わ)第 524 号) 専門研修医が、食道がんの患者に対し、指導的立場にある医師(以下「チーフ医師」という。)が 策定した抗がん剤の投与計画(プロトコール)によれば、1 日目に抗悪性腫瘍剤であるランダ注(薬 理成分シスプラチン含有)を、1 日目から 5 日目まで毎日、5-FU 注 250 協和(薬理成分フルオロ ウラシル含有)を 5 日間連続投与した後、少なくとも 2 週間の休薬期間をとって副作用の発現等 を見極めるべきとされていたのに、十分な医学的根拠もなく独断で休薬期間の大幅な短縮を初任 実務研修医に指示して 2 日間の休薬期間を経ただけで上記薬品の再投与を指示して行わせ、さら に 5 日間連続投与したのちに全身機能不全により患者を死亡させた事例 12 〔裁判例 1〕においては、チーフ医師が作成した投与計画に従わず、かつ、看護師から、休薬期間が 2 日間のみでは厳しいのではないかとの指摘も受けていたにもかかわらず、それを無視し、医学的根拠の 裏付けのない投与を行ったものであり、「周囲の指摘や警告、院内のルール、当時の一般的な治療法等を 無視し、あえて医学的な知見の裏付けのない行為に及ぼうとする心理」を背景としていると考えられる。 〔裁判例 2(乙病院 過量点滴事件)〕(新潟地判平 15.3.28.平成 15 年(わ)第 17 号) 整形外科医師である被告人が、かねてから心臓疾患がある 85 歳の患者に対して実施した膝関節手 術の術後管理の一環として、患者の心機能を高めるために使用した強心剤(プレドバ)を過剰に投 与したため急性肺水腫で死亡させた事案 〔裁判例 2〕では、「強心剤(プレドバ)の説明書の記載を超える量を投与していること」「プレドパの 使用量の余りの多さから他の医師、看護婦や薬剤師からプレドパの使用量としては多すぎるのではない かとの指摘を再三受けながら、その指摘を無視して通常使用量の 9 倍の量を投与した」ものであり、「周 囲の指摘や警告、院内のルール、当時の一般的な治療法等を無視し、あえて医学的な知見の裏付けのない 行為に及ぼうとする心理」を背景としていると考えられる。 〔裁判例 2〕と同様の薬物過量投与の事例であっても、刑事裁判とはならなかった事例も存在する。以 下に、参考として、診療関連死モデル事業の事例を示す。この〔対照例〕は、医師、看護師等からの警告 を無視した等の事情を認めないことを始め、いくつかの点で刑事裁判群の事例とは異なる。 〔対照例(モデル事業・事例 202)〕(診療関連死モデル事業冊子版 372 頁以下) 治療開始 4 分前から段階的に鎮静・鎮痛剤(ミダゾラム計 10 mg、ペンタジン計 15 mg)が投与 され、80 歳代女性が内視鏡治療下での総胆管結石除去術を受けたが、投与開始から 1 時間 15 分 後にショック状態に陥り、ミダゾラムの拮抗剤投与、補液の増量、心肺蘇生を行ったが、奏功せ ず投与開始から 4 時間 4 分後に死亡した事例 〔裁判例 2〕及び〔対照例〕は、いずれも規定の薬量を超過して投薬している点では共通している。 しかし、以下に掲げる点で異なっており、刑事訴追に一定程度の影響を与えた可能性がある。 裁判例 2 対照例 既往(これまでにかか った病気等) ・高齢であり拡張型心筋症の持病あ り ・本件手術の実施自体等に相当な問 題あり ・既往症はないが、全身状態が良好 とはいえない高齢者であることに 加え、肥満傾向で気道が狭い ・本件手術の術式選択・手技には問 題なし 過量の程度・時間 ・規定量の約 9 倍以上を約 15 時間 にわたり投与 ・過量の程度につき、他の医師より 「医学の常識を逸脱している」と の指摘あり ・ミダゾラム(鎮静剤)につき規定 量の約 6.25 倍以上を手術中約 1 時間 12 分にわたり投与 ・別途の薬種(ペンタジン[鎮痛 剤])の併用あり(こちらは過量 ではなかった) 13 投薬量の管理・第三者 からの指摘 ・看護婦や薬剤師から過量ではない かとの指摘が再三あったが、これ を無視 ・ミダゾラムについては、内視鏡下 の手術中の患者の体動にあわせて 滴下量を調整するものであるが、 消化器内科医師・介助看護師から 過量の指摘等も特になし(ただ し、術中の患者監視体制が万全で はなかったとの評価あり) ・ショックバイタル発生後はミダゾ ラムの拮抗剤を投与 投薬の必要性 ・手術後の血圧は正常値に比べると 高めであり、多量の強心剤を投薬 する必要性につき疑問あり ・内視鏡下の手術であり、鎮静・鎮 痛の必要性あり 死の結果との因果関係 ・過量投与と死の結果との因果関係 につき、疑いを差し挟む事情は特 段なし ・死亡の原因となった呼吸循環抑制 作用は、①手術中の体勢(内視鏡 を経口挿入し腹臥位で行われる治 療であるため、呼吸が困難な姿 勢)、②患者の既往ないし体質 (肥満傾向で気道が狭い)、③鎮 静剤と鎮痛剤の併用などが相まっ て助長されたものと推定される (複合的要因) 〔裁判例 1〕や〔裁判例 2〕は、周囲から指摘を受けた後も中止しなかった(警告無視)等の事情があ る事案であり、医師等の当事者は、周囲の指摘や警告を受けた際に、添付文書やマニュアル等を再度チェ ックする等の手順をあえて踏んでいない。いずれも明確な医学的知見に基づく根拠がないまま、最低限 の確認行為をせず、自らの行為が正しいと思い込んで行為に及んだ瞬間の心理状態(本研究会では便宜 上「独善的な心理」と表現している。)を背景としたものである。 2 軽率的な心理を背景とした因子を含む事例 〔裁判例 3(丙病院不適合輸血事件)〕(新潟簡略式平 18.8.31.平成 18 年(い)第 452 号) 研修医が、輸血用血液を発注する際、診療録を確認せず患者の血液型を間違えて発注し、治療を 指揮した外科部長医師も、診療録を確認せず、研修医作成の発注書の記載を見て誤った血液型の 血液を発注し、輸血が実施されたことで患者に傷害を負わせた事例 〔裁判例 3〕は、「患者の血液型を確認して、正しい血液型の輸血製剤を投与すべきであったのに、う っかり手順に従った確認を怠り、誤った血液型の輸血製剤を投与してしまった」という軽率的な心理を 背景とした事例の一つである。 14 〔裁判例 4(丁病院誤注射事件)〕(准看護師については大阪高判平 17.10.13.平成 17 年(う)第 717 号、医師については大阪高判平 18.2.2.平成 17 年(う)第 1147 号) 准看護師が、患者に対して誤った薬剤(塩化カリウム)を静脈注射して心肺停止状態に陥らせ、そ の後、医師が適切な救急蘇生措置を行わなかったことで、患者に重大な傷害を負わせた事例 〔裁判例 4〕は、薬を取り違えた看護師の過失と、蘇生措置を行わなかった医師の過失とが互いに競合 している事例と考えられる。なお、本事例においては、看護師が本件直後、偽装工作を行ったことが量刑 理由で悪情状の一つとして考慮されている。この点は、過失行為の後に行った偽装工作であるから、「過 失」の認定には直接影響を与えないことに注意していただきたい。他方で、この事件が刑事訴追されたこ とには、過失の内容に加え、偽装工作の有無が影響した可能性がある。 〔裁判例 3〕と〔裁判例 4〕は、前提知識はあるものの、うっかりして、目の前の血液製剤が適合しな い製剤であるとの認識に欠けるようなケース、すなわちA薬とB薬を取り違えたり、AさんとBさんを 取り違えたりするものであり、「軽率的な心理」を背景としたものということができよう。 3 総括 刑事裁判例のうち、独善的な心理を背景とした因子を含む事案については、周囲からの警告を受け添 付文書等を確認したり、院内ルールを遵守したりしていれば、結果を回避し得たものであった。また、通 常の医師のモラルや協調性をもって医業に従事していれば、医療事故に至らないような事案であった。 また、軽率的な心理を背景とした因子を含む事案については、回避がきわめて困難な状況や、およそ不 可能と思われる注意義務が問題となっているわけではなく、通常の医師の能力をもって、通常診療で行 うべき確認行為を行っていれば医療事故の発生を回避し得たものであった。 診療現場においては、一定の確率で死亡のリスクを伴う治療法がある場合、原疾患による死亡のリスク と比較考量して、あえて当該治療を行うようなケースも存在するが、安全性有効性が検証されない治療 法を採用しているような場合でない限り、必要なリスクを取った医療行為の結果、患者が死亡したケー スにおいて、刑事裁判で有罪となった事例は見当たらなかった。 また、刑事裁判で有罪とされる場合であっても、個別の事情を踏まえた細やかな量刑がなされている ことが明らかとなった。たとえば、示談の成立が良情状として評価される一方、遺族等が厳罰を希望する 場合は悪情状として評価されていた。 以上を、総合すれば、通常踏む手順を適切に踏み、医療従事者として一般に求められる注意を怠ること がなければ、刑事責任を問われることはなく、また、事案発生後であっても、被害者・家族等に真摯に対 応する等の事情は、刑事裁判において、考慮されていると考えられる。 * * * 本研究会では、「研究会を通じ、医療事故においては、刑事司法が極めて精緻かつ慎重な対応をしてい ることがよく理解できた。」との意見のほか、「近年における刑事医療裁判件数の少なさや、刑法理論や刑 事手続の流れが、必ずしも医療従事者に十分に理解されていないために、医療従事者に誤った不安感を 与えているのではないか。」との意見があった。また、医療の実践と改善の中では、事故を防ぐようなシ ステムを作ることが重要であるところ、「特に、軽率性を背景とする事例では、医療従事者個人の軽率性 も問題となるが、むしろ、それを発見し未然に防ぐようなシステムが構築されていなかったことをこそ 15 問題視するべきではないか。」との意見もあった。 医療の現場では、医療事故調査制度等を通じて、医療事故の発生防止への努力が積み重ねられている ところであり、医療行為と刑事責任や、再教育を含む行政処分のあり方等について考察する際には、こう した近時の医療現場の取組みも踏まえる必要があると考えられる。 最後に、本研究の限界(解釈上の注意点)を以下に示す。 ① 本研究のコントロール群は、不起訴事例ではなく、診療関連死モデル事業の事例である。このた め、両群間の因子の特徴の差異は、有罪・無罪あるいは起訴・不起訴の違いを反映するものではな く、刑事医療裁判例と、医療界において一般に診療に起因して死亡したと考えられた事例との特徴 の差異を反映しているにすぎない。このため、本研究で明らかとなった両群間の特徴の差異は、刑 事捜査や公訴提起の指標となるものではない。また、将来的に、本研究において言及した事例と同 様の事案が発生した場合においても、その事案を刑事訴追すべきかについては、個々の事案に即し て、その証拠関係に照らし、担当検察官の具体的な判断によってなされるべきであり、本報告書で 示す傾向のみをもって、刑事訴追の要否を判断することができないのは、もちろんのことである。 ② 刑事医療裁判群については、「周囲の指摘や警告、院内のルール、当時の一般的な治療法等を無視 し、あえて医学的な知見の裏付けのない行為に及ぼうとする心理」「本来、行うべき行為をうっかり して行わないような心理」を背景としていると思われる因子が特徴的であった。本研究会では、便宜 上、暫定的に前者を「独善的な心理」、後者を「軽率的な心理」と表現して考察したが、こうした表 現が傾向を正確に反映しているかについては、さらに詳細に各事例の検証を行う必要がある。 第5章 今後の検討課題 本研究会は、過去の刑事医療裁判等の統計を明らかにするとともに、過去の裁判例等を分析・検討する ことを通じて、刑事裁判となった医療事故の特徴を研究することを目的として設置された。 これまでの研究により、当初の目的の大部分を達成することができたものの、研究を進める中で、さら に検討が必要な論点が明らかとなった。こうした観点から、本報告書は暫定的な「中間報告」と位置づけ ることとし、今後は、以下のような論点を踏まえつつ、引き続き研究を進めることを提言したい。 第一に、過去の刑事医療裁判等の統計については、現時点で収集し得る限りのデータに基づいて統計 を作成したが、まだ収集しきれていない事例もあると考えられる。また、平成 29 年度以降の傾向も、継 続して収集する必要性がある。このため、刑事医療裁判の統計について、毎年公表することを視野に、継 続してこの種の研究を進めることとしてはどうか。 第二に、刑事医療裁判においては、一般に、捜査機関に高度な医学的知識が求められる。たとえば、前 記県立病院事件(福島地判平 20.8.20.)において、検察官が結果回避義務の存在の証明を行っていない と判示され無罪となっていることや、医学が高度に専門分化していること等を踏まえると、捜査機関が、 迅速に適切な鑑定人を選任できるような体制を整備することは、不必要な捜査や裁判を防ぐことにもつ ながり、医療従事者のみならず、被害者・家族にとっても望ましいことであると考えられる。こうした観 点から、捜査機関に対して、捜査に必要な医学的な知見を医学の専門家等から提供できるような体制を 整備することが必要ではないか。 16 第三に、「周囲の指摘や警告、院内のルール、当時の一般的な治療法等を無視し、あえて医学的な知見 の裏付けのない行為に及ぼうとする心理」を背景とした因子を含む事案については、その主たる責任が 医療従事者個人にあるのに対し、「本来、行うべき行為をうっかりして行わないような心理」を背景とし た因子を含む事案については、個人の問題のほかにシステムエラーを問題とすべき場合が多く、医療従 事者個人よりも、むしろ病院等の管理体制に原因があることが少なくない。こうした病院等の管理体制 が不十分な場合などには、医療施設やその管理者に対して行政的な措置・指導を行うことが、再発防止に つながるとともに、被害者や家族の理解を得られることも多いのではないか。 第6章 結語 本研究会としては、医療従事者の方々に対しては、医療従事者として一般に求められる注意を怠るこ とがなければ、必要なリスクを取った医療行為の結果、患者が死亡した場合であっても、刑事責任を問わ れることはないことを理解していただき、安心して日々の診療に従事していただきたいと考えている。 また、国民の皆様に対しては、本報告書をきっかけとして、医療事故についてともに考えていただくこ とを願っている。こうした観点から、本報告書は非法律家にとっても理解できるよう、学術的厳密性より も、あえて平易な表現を用いるよう心掛けた。 医療行為と刑事責任の関係については、社会全体で、さらなる議論を重ねることが必要である。本研究 会としては、本報告書について、臨床及び刑事実務、さらには学術的見地から、皆様のご指摘をいただき たいと考えている。この報告書を、社会における議論の素材にしていただければ幸いである。 <謝辞> 最後に、刑事裁判例等からの因子抽出作業については栗田祐太郎弁護士(クレド法律事務 所)、統計解析については秋田智之助教(広島大学大学院医歯薬保健学研究科疫学・疾病制御学)及 び田中純子教授(同左)において行ったことを申し添えるとともに、諸氏に心より御礼申し上げる。 17 参考文献 1. 飯田 英男, 刑事医療過誤 III , 信山社 (2012) 飯田 英男, 刑事医療過誤 II〔増補版〕 , 判例タイムズ社 (2007). 2. 藤宗和香, 医療過誤事件の捜査・処理 -刑事処罰の行方-, 医療の質・安全学会誌, 12, 184- 205 (2017). 3. 医事関係訴訟に関する統計, 最高裁判所. 4. 一般社団法人日本医療安全調査機構, 診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業報告書. 18 医療行為と刑事責任の研究会 <構成員>(敬称略五十音順、○座長 ※オブザーバー) 井田 良 中央大学大学院法務研究科教授 刑法 今村定臣 いまむらウィミンズクリニック 産婦人科医師 前日本医師会常任理事 ~平成 30 年 12 月 平川俊夫 医療法人エスダブリューシー真田産婦人科麻酔科クリニック 産婦人科医師 日本医師会常任理事 平成 31 年 1 月~ 河村 博 同志社大学法学部教授 元 名古屋高検検事長 佐伯仁志 東京大学法学部教授 刑法 辻 義之 野村證券株式会社顧問 元 警察庁生活安全局長 手塚一男 兼子・岩松法律事務所 弁護士 西澤寛俊 社会医療法人恵和会理事長 全日本病院協会名誉会長 原田國男 田辺総合法律事務所 弁護士 元 東京高裁部総括判事 ○ 樋口範雄 武蔵野大学法学部教授 医事法 前田順司 甲南大学法科大学院教授 元 東京高裁部総括判事 山口 徹 虎の門病院名誉院長 循環器内科医師 ※ 畔柳達雄 兼子・岩松法律事務所 弁護士 19 巻末資料 1 事 例 集 ○ 裁判例 1 (甲大学校病院 抗がん剤集中投与事件) ○ 裁判例 2 (乙病院 過量点滴事件) ○ 対照例 (モデル事業・事例 202) ○ 裁判例 3 (丙病院 不適合輸血事件) ○ 裁判例 4 (丁病院 誤注射事件) 〔裁判例 1(甲病院 抗がん剤集中投与事件)〕(さいたま地判平 18.10.6. 平成 18 年(わ)第 524 号) 専門研修医が、食道がんの患者に、指導的立場にある医師(以下「チーフ医師」という。)が策定した 抗がん剤の投与計画(プロトコール)によれば、1 日目に抗悪性腫瘍剤であるランダ注(薬理成分シ スプラチン含有)を、 1 日目から 5 日目まで毎日、5-FU 注 250 協和(薬理成分フルオロウラシル含有) を 5 日間連続投与した後、少なくとも 2 週間の休薬期間をとって副作用の発現等を見極めるべきとこ ろ、十分な医学的根拠もなく独断で休薬期間の大幅な短縮を初任実務研修医に指示して 2 日間の休薬 期間を経ただけで上記薬品の再投与を指示して行わせ、さらに 5 日間連続投与した後に全身機能不全 により患者を死亡させた事例 【該当因子】 ○検査・治療計画の吟味が不十分 ○十分なイン フォームド・コンセント無し(合併症発生後を含 む)○安全性・有効性が検証されない術式・治療 法を採用 ○院内規則・ガイドライン・マニュア ル・申し送りに違反 ○当該術式を安全に施行す るための知識・技術・経験無し ○手術中・検査 中・投薬による器官損傷・合併症 ○処置の誤り に気付いたり、指摘を受けた後も中止せず ○ミ ス・異常を気付かせる前提事実の認識あり ○薬 量の誤り ○チーム内でのチェック不全・報告・ 連携不足 ○容態急変・異常発生後の対応不十分 情状事実 ○チーム内の他者の落ち度あり ○罪 を認め、反省 ○謝罪意思の表明 ○事件前まで は真面目に勤務 ○勤務先の休職・失職・退職等  ○過失の程度が重大 ○発生結果が重大 ○被害 者・遺族の無念・精神的苦痛が大 1 事案(裁判所認定の「罪となるべき事実」 による) ⑴ 【前提状況】 被告人は、……所在の甲病院 の第一外科(以下「第一外科」という。)上 部消化管グループに所属する専門研修医であ る医師として医療業務に従事し、食道がんの 治療のために同病院放射線科病棟に入院中の V(当時 66 歳)の主治医として、Vに抗悪 性腫瘍剤(抗がん剤)であるランダ注及び 5-FU 注 250 協和を投与しようとしたものであ る。 ⑵ 【注意義務の内容】 ランダ注は、腎障害及 び骨髄抑制等の重篤な副作用を生じさせるお それのある毒薬指定薬品であり、5-FU 注 250 協和は、激しい下痢、腸炎、骨髄抑制及び腎 障害等の重篤な副作用を生じさせるおそれの ある劇薬指定薬品である。 したがって、被告人としても、いずれの薬 剤も、その使用方法を誤れば副作用によって 死傷等の重大な結果が生じることを予測する ことができた。しかも、上記消化管グループ のチーフであった第一外科講師Aからは、日 本臨床腫瘍研究グループにより安全性が確認 された用法に従い、1 日目に薬理成分である シスプラチン 120mg を含有するランダ注を、 1 日目から 5 日目まで毎日、薬理成分である フルオロウラシル各 1200mg を含有する 5-FU 注 250 協和を各投与した後、少なくとも 2 週 間の休薬期間を取って、副作用の発現及び収 束状況を見極めるなど、その安全を確認した 上、再度上記各投薬を実施する旨の投与計画 の指導を受けていた。そのため、被告人は、 自己が指導していた初任実務研修医である医 師Bに指示して、1 日目から 5 日目までの投 与分として、平成 15 年 1 月 7 日にシスプラ チン 120mg を含有するランダ注を、同日から 同月 12 日までの間にフルオロウラシル合計 6000 ㎎を含有する 5-FU 注 250 協和を上記V に各投与させたのである。 したがって、被告人は、再度の投薬に際し ては、上記計画に従い、少なくとも 2 週間の 休薬期間を取り、副作用の発現及び収束状況 を見極めるなど、その安全を確認した上、上 記両薬剤を投与すべき業務上の注意義務があ るのに、これを怠り、 ⑶ 【過失の内容】 上記Vに嘔吐及び倦怠感等 の副作用が残っていたにもかかわらず、2 日 間休薬してVの血液検査等を行ったのみで重 篤な副作用は発現しないものと軽信し、2 週 間休薬して副作用の発現及び収束状況を見極 20 めるなど、その安全を確認することなく、同 月 13 日ころ、上記病院において、上記Bに 対し、同月 14 日正午から上記Vに再度上記 各投薬を行うよう指示した過失により、 ⑷ 【結果】 上記Bらをして、同指示に基づ き、同日にシスプラチン 120mg を含有するラ ンダ注を、同日から同月 18 日までの間にフ ルオロウラシル合計 4800 ㎎を含有する 5-FU 注 250 協和を上記Vに各投与させ、その結果、 同月 25 日午後 5 時 8 分ころ、上記病棟にお いて、Vを抗がん剤の集中的な投与に起因し た全身機能障害により死亡するに至らせた。 * 事実関係の補足(判決書の量刑理由から抜 粋) ◯ 抗がん剤の投与計画(プロトコール)は、 専門の研究機関が多数の投薬データに基づ き医学的見地から一定の効果と安全性が認 められるとして提唱する用法・用量に従っ て決定されるのが通例である。 これを超えて抗がん剤を投与したり、投 与計画を抗がん剤の副作用を強める方向で 変更すること、投与計画を上級医師の承諾 を得ることなく勝手に変更することは、未 だ安全性が確認できないものとして許され ないということを、被告人も熟知していた。 ○ 被告人は、本件当時、医師としての経歴 は 4 年半足らずで抗がん剤によるがん治療 を専門的に研究したことはなく、抗がん剤 による治療経験も十数例にすぎず、本件 2 種類の抗がん剤を放射線治療を併用するこ となく投与するのも初めてであった。さら に、過去に抗がん剤の投与計画を自ら作成 した経験はなかった。 したがって、被告人は、抗がん剤治療に ついての専門的学識の点からも臨床経験の 点からも、上級医師の承諾を得ることなく 抗がん剤の投与計画を変更できるような能 力はなかった。 ○ 被告人は、あえて休薬期間を大幅に短縮 した理由として、①Vのがんは、再発率が 高く、多くの場合余命も短いため、抗がん 剤による化学療法を速やかに終えて、Vを 早く自宅に帰してあげたいという思いやり の気持ちがあったこと、②第 1 クール中の Vの血液検査の結果に大きな変動がなく、 吐き気や食欲不振、倦怠感等の全身症状も 強くあったものの、個人差を考慮すれば正 常の範囲内であったこと、③かつて読んだ 医療文献に、本件と同じ薬理成分を有する 抗がん剤に別の抗がん剤を 6 日間の間隔を 空けて併用して投与した例が記載されてい たため、今回も休薬期間を短縮できるもの と考えたことなどを挙げている。 しかし、いずれも特段の医学的根拠もな く、到底是認できないものである。 ○ 第 1 クールの投薬終了後のVの全身状態 をみても、休薬期間の 1 日目から吐き気・ 嘔吐等の副作用が出ており、2 日目には、 倦怠感が強く、抗がん剤の副作用として危 険性が指摘されている下痢もひどくなって いた。さらに、被告人は、看護師から、休 薬期間が 2 日間のみでは厳しいのではない かとの指摘も受けていた。 ところが、被告人は、2 日間休薬し、V の血液検査を行ったのみで、重篤な副作用 は発現しないものと軽信し、看護師からの 指摘も無視して、それ以上に副作用の発現 及び収束状況を見極めるなど、その安全を 確認することも、上級医師に相談や報告を することもなく、やみくもに第 2 クールの 投薬を開始した。 第 2 クールの投薬開始後も、Vは全身状 態が悪化し、血液検査の結果にも異常が見 られたが、漫然と抗がん剤の投与を続け、 5 日目になってようやく同日正午以降の抗 がん剤の投与を中止するに至り、その間、 Vを無用に苦しめ続けた。 ○ 被告人は、投与計画を変更するに当たり、 全身状態の悪化しているV本人のみに、副 作用が強くなる旨を説明した上、「頑張れ るか」などと聞いて、肯定的な返事を得た のみで、家族には、直接詳しい説明をして いなかった。 ○ Vの死亡については、異常死の可能性が 否定できないということから、病院側から 21 警察に届けられた。 その後、主治医である被告人とともにB ら 2 名の研修医も書類送検されたが、Bら は主治医の指示に従っただけとして起訴猶 予となり、被告人だけが業務上過失致死罪 で起訴された(新聞報道による。)。 2 当事者の主張 本件は、公判請求事件であり、被告人は起訴 事実については争わなかった。 しかし、被告人の過失の誘因として、本件病 院におけるチーム医療体制に不備があったとし て、罰金刑が相当であるとの主張をした。 具体的には、①本件では、休薬期間の短さに 不審を抱いた薬剤師が、被告人や指導医に直接 確認をとるべきであった、②看護師も、休薬期 間の短さに不審を抱いた以上、被告人だけでな く、指導医にも直接確認をとるべきであった、 ③被告人の指導を受けていた初任実務研修医 も、被告人の判断ミスをただしたり、指導医に 確認すべきであった、ところが、これらの者が いずれもその職責を果たさなかったために、重 大な結果を招いたとの主張である。 3 裁判所の判断 禁錮 1 年・執行猶予 3 年 なお、被告人側による「チーム医療体制の不 備」との前記主張については、①’薬剤師につ いては、病棟に休薬期間短縮につき確認の電話 を入れたが、男性の医師と思われる者から、投 薬計画どおりである旨の返答を受けていたこ と、②’看護師については、被告人に確認した ところ、「そのまま実施してくれ」と言われて おり、主治医である被告人の意向を無視してま で指導医に確認を求めることはやや酷にすぎる こと、③’初任実務研修医については、本件事 故が医師取得後わずか約 7 か月後であり、第一 外科での勤務も、その前後を通じて約 3 か月間 にすぎず、その間不慣れな医療行為に忙殺され ていたというのであるから、4 年先輩の被告人 の指示を鵜呑みにして、当初の投与計画からの 変更の有無に気付かず、その当否まで検討しな かったのもやむを得ないとし、被告人の独善的 で頑なな姿勢に照らすと、本件医療事故の責任 を他の医療関係者に転嫁することは相当でない とした。 22 〔裁判例 2(乙病院 過量点滴事件)〕(新潟地判平 15.3.28. 裁判所ウェブサイト) 整形外科医師である被告人が、かねてから心臓疾患がある 85 歳の患者に対して実施した膝関節手術の 術後管理の一環として、患者の心機能を高めるために使用した強心剤を過剰に投与したため急性肺水 腫で死亡させた事案 【該当因子】 ○検査・治療計画の吟味が不十分 ○手術中・検 査中・投薬による器官損傷・合併症 ○処置の誤 りに気付いたり、指摘を受けた後も中止せず ○ 薬量の誤り ○術後のモニタリングが不十分 情状事実 ○罪を認め、反省 ○謝罪意思の表明  ○被害弁償あり ○前科なし ○勤務先の休職・ 失職・退職等 ○社会的制裁を受けている ○過 失の程度が重大 ○発生結果が重大 ○被害者・ 遺族が厳罰希望 ○被害者・遺族の無念・精神的 苦痛が大 1 事案(裁判所認定の「罪となるべき事実」 による) ⑴ 【前提状況】 被告人は、……所在の乙病院 において、整形外科医として医療業務に従事 し、左膝関節全置換手術を受けたV(当時 85 歳)の診療を担当していたものであるが、 ⑵ 【注意義務の内容】 平成 13 年 2 月 15 日午 後 8 時 30 分ころ、同病院において、上記手 術後のVの心機能低下防止のため、急性循環 不全改善剤である塩酸ドパミンを含有する点 滴剤プレドパ注 200 の点滴を継続するに当た り、Vの収縮期血圧は約 200 ミリメートル Hg と高い値であった上、Vの体重は約 50 キロ グラムで、プレドパ注 200 の説明書には体重 50 キログラムの患者に対する点滴量は 1 時間 当たり 9 ないし 60 ミリリットルである旨記 載されていたのであるから、このような場合 医師としては、その記載に留意することは勿 論のこと、Vの血圧状態等に応じて適正な量 を点滴すべき業務上の注意義務があるのにこ れを怠り、 ⑶ 【過失の内容】 心機能低下防止に気をとら れ、同病院の看護婦Aらに対し、上記Vにプ レドパ注 200 を 1 時間当たり 540 ミリリット ル点滴するように指示し、同看護婦Aらをし て、同日午後 10 時ころから翌 16 日午後 1 時 ころまでの間、上記Vに対してプレドパ注 200 を 1 時間当たり約 540 ミリリットル点滴 させ続けた過失により、 ⑷ 【結果】 同日午後 4 時 35 分ころ、Vを過 量点滴に基づく急性肺水腫により死亡させた ものである。 * 事実関係の補足(判決書の量刑理由から抜 粋) ◯ 被告人は、かねてから高齢の上、拡張 型心筋症の持病があるVに前記手術を実施 し、その手術の実施自体等に相当の問題が あることを認識していたのであるから、そ の手術中のVの容態等の管理については勿 論のこと、その術後の心機能の管理等に万 全の措置を期すべきであった。 本件は、つまるところ、被告人のVに対 する手術実施計画、とりわけ、術後の管理 計画が適切かつ綿密になされていないこと に起因するものであって、被告人が本件を 惹起するに至った経緯等に酌量の余地が乏 しい。 ◯ 被告人は、手術後のVの血圧及び脈拍が 不安定な状態にあったためプレドパを多量 かつ継続して使用したというが、手術後の Vの血圧は正常値に比べると高めであった のであるから、かくも多量のプレドパを長 時間にわたり使用する必要性があったのか 疑問である。 ◯ プレドパの使用量のあまりの多さから看 護婦や薬剤師からプレドパの使用量として は多すぎるのではないかとの指摘を再三受 けながら、その指摘を無視して、その使用 量を十分に確認することなく、他の医師か らは医学の常識を逸脱していると指摘され る程の通常使用量の約 9 倍もの点滴を続行 した。 ◯ 本件は、まず遺族側により医療法人を被 23 告とした民事の損害賠償訴訟が提起された が、遺族側が病院側の対応に不満を感じて 刑事告訴したことがきっかけで刑事事件化 し、執刀医である整形外科医(本件被告人) と手術に関与した麻酔医があわせて書類送 検された。 その後、民事裁判では医療法人に慰謝料 等 1650 万円の支払いを命じる判決が言い 渡された(一審のみで確定。)。 これを受けて、整形外科医のみが起訴さ れ、麻酔医は、事件との関連性が薄いとし て不起訴処分とされた(本項目の内容は、 新聞報道による。)。 2 当事者の主張 本件は、公判請求事件であり、被告人は事実 を認め、刑事責任を争わなかった。 3 裁判所の判断 禁錮 1 年・執行猶予 3 年 24 〔対照例(モデル事業・事例 202)〕(診療関連死モデル事業冊子版 372 頁以下) 治療開始 4 分前から段階的に鎮静・鎮痛剤(ミダゾラム計 10 mg、ペンタジン計 15 mg)が投与され、 80 歳代女性が内視鏡治療下での総胆管結石除去術を受けたが、投与開始から 1 時間 15 分後にショッ ク状態に陥り、ミダゾラムの拮抗剤投与、補液の増量、心肺蘇生を行ったが、奏功せず投与開始から 4 時間 4 分後に死亡した事例 【該当因子】 ○十分なインフォームド・コンセント無し(合併 症発生後を含む) ○同意書面・説明書面の記載 不十分 ○手術中・検査中・投薬による器官損傷・ 合併症 ○患者の動静を確認せず/術中のモニタ リング不十分 ○診療録の記載や動画記録が不十 分 ○薬量の誤り ○結果と因果関係ある他の医 療従事者の行為あり 情状事実 公判ではないため該当する記述なし 1 事案の経過 治療当日 総胆管結石の患者に対し、内視鏡的乳 頭括約筋切開術(EST)と内視鏡的乳頭ラ ージバルーン拡張術(EPLBD)を行い、バ ルーンにて採石を予定 治療開始 4 分前 ペンタジン(鎮痛剤)15 mg を 1/2 A 静注、ミダゾラム(鎮静剤)10 mg +生理食塩液 100 mL を 40 cc 注入(4 mg)、酸素投与 2 L / 分にて治療を開始。 残りのミダゾラムは患者の体動に合わせ て滴下量を調整し、投与開始から 1 時間 12 分で全量投与(= 計 10mg)した。 治療開始 13 分後 ペンタジン 15 mg を 1/2 A 静 注した(計 1 A)。 投与開始から 1 時間 15 分後 採石バルーンで 2 回目の採石を施行中、血圧 70 mmHg 台、 SpO2 76%に低下した。 同 1 時間 20 分後 血圧 50/35 mmHg、心拍 71 / 分、 SpO2 60%とさらに低下し、ミダゾラムの 拮抗剤(フルマゼニル)投与、輸液の変更(ポ タコール R からヘスパンダー)、全開投与 した。 治療開始から 1 時間 21 分後 十二指腸乳頭部よ り出血が持続し、吸引・洗浄、トロンビ ン 2 万単位およびボスミン 1 mg +生食 20 mL を散布、止血確認、SpO2 62%、血圧 50 mmHg 台。 投与開始から 1 時間 22 分後 内視鏡的経鼻胆管 ドレナージチューブを留置し、ファイバー スコープを抜去、腹臥位から仰臥位に体位 変換し、酸素投与量を 10L / 分に増量した が、自発呼吸は微弱。意識レベルは JCS Ⅲ -300(刺激しても覚醒せず、痛み刺激に反 応しない) 同 1 時間 26 分後 自発呼吸の回復なく、バッグ バルブマスクにて補助換気を開始し、消化 器内科医師は ICU 転棟指示を出した。 同 1 時間 27 分後 看護師が心電図モニターを持 参・装着し、心拍 39 / 分。硫酸アトロピ ン 0.5 mg を静注し、心拍 43 / 分。 同 1 時間 31 分後 心臓マッサージを開始 同 1 時間 34 分後 ボスミン 1 mg 静注(蘇生中、 ボスミン計 20 mg 投与)、カタボン 30 mg/h で開始した。 同 2 時間後 ICU に入室し心肺蘇生を継続したが 奏功せず、家族の同意の下に心肺蘇生を中 止 同 4 時間 4 分後 死亡を確認 2 解剖結果 【主病診断名】 総胆管結石(内視鏡的逆行性 胆管膵管造影 [ERCP] による採石術後)+胆嚢炎(軽度)+ 胆嚢結石  等 3 死因 全身状態が良好とはいえない高齢の患者 に対して、鎮静・鎮痛を目的にペンタジン計 15 mg、ミダゾラム計 10 mg が静注投与された結果、 呼吸循環抑制作用が発現したと推定される。 内視鏡を経口挿入し腹臥位で行われる治療で あるため、呼吸が困難な姿勢であること、肥満 傾向で気道が狭いことと、鎮静剤と鎮痛剤の併 用などが相まって呼吸抑制を助長させ、続いて 25 心停止状態に至ったと推定される。 4 医学的評価 ⑴ 総胆管結石の診断について 問題はない。 ⑵ 内視鏡的採石術の選択について 選択は妥当である。 ⑶ 内視鏡的採石術時の鎮静・鎮痛剤の使用に ついて 「内視鏡診療における鎮静に関するガイド ライン」によるとミダゾラムは 0.02 mg ~ 0.03 mg/kg が適正量と記載されている。本 患者にこれを当てはめると、1 mg ~ 1.6 mg が適正量と算出されるが、検査開始時にはミ ダゾラム(鎮静剤)4 mg が使用され総投与 量が 1A 10mg に至ったが、これは年齢を考慮 すると過量である可能性がある。 ペンタジン(鎮痛剤)については、1A 計 15mg は適量範囲と思われるが、ミダゾラムと の併用により麻酔・鎮静作用が増強されたり、 呼吸異常(一過性無呼吸、呼吸抑制)や血圧 低下が発生したりすることがあるので、適宜、 投与量の調整を行うことが必要である。 患者ごとに薬剤効果が異なることや薬剤相 互作用の発生に留意し、不断の患者監視と適 切な処置が直ちに行われる体制を構築するこ とが不可欠である。 ⑷ 総胆管結石採石の内視鏡治療手技について 問題はない。 ⑸ 動脈血酸素飽和度および血圧低下時の診断 と患者管理について ア 状態変化時の診断と対応について 急変時、採石中であったため、これによ り直ちに治療を中止して仰臥位に戻して蘇 生処置を開始することは困難であったかも しれない。しかし、この際に、消化器内科 医師や介助看護師が、バイタルサインの再 測定を試みるとともに、呼吸状態や四肢循 環状態を確認し術者に報告したかどうかは 不明である。 また、術者は採石に続き、出血に対する 処置があったため内視鏡操作に集中してい たと推察され、消化器内科医師らの申し出 を、どの程度認識していたかも不明である。 循環器医師の要請と集中管理の手配、救命 措置は適切といえるが、これらの開始に時 間を要したのは否めない。 イ 内視鏡的採石術中の心電図持続モニター について 急変時に心電図モニターがなされていな かったために、心拍に関する情報が得られ なかったことも、全身状態の変化の確認を 遅らせた可能性がある。このため患者監視 体制が万全であったとは言い難い。 ⑹ 内視鏡診療時における手技および鎮静・鎮 痛の説明と同意について 本患者と家族に渡された「説明と同意書」 には、内視鏡的乳頭ラージバルーン拡張術 (EPLBD)の方法・合併症や鎮静剤使用の旨が 記載されていない。これは鎮静剤使用に伴う 呼吸循環抑制などの危険性の存在を十分に認 識していなかったためともとれる。 前出のガイドラインには「鎮静・鎮痛薬使 用に伴う利益と不利益に対する十分な説明と 同意の取得は必須である。」とある。 ⑺ 院内調査報告書について 院内調査報告書の「原因究明の結果」につ いて、踏み込んだ死因の考察に関する討議が 必要と思われる。 また、鎮静鎮痛剤による呼吸循環抑制作用 の考察、蘇生行為のタイミングや妥当性につ いても、患者の状態と時間経過をたどり、あ らためて検証してみる姿勢を持つことも望 む。 5 再発防止への提言 ⑴ 呼吸循環器系疾患を持つ患者や、高齢者に 対して鎮静下にある内視鏡治療が長時間化す る場合には、血圧、呼吸数、SpO2 や心電図な どを含んだ、より精度の高い機器による呼吸 循環持続監視を行うことが望まれる。 ⑵ 鎮静と鎮痛に関する十分な説明と同意を行 い、患者の意思を尊重して行うことが望まし い。 特に高齢者は肝・腎機能の低下に伴い呼吸 循環抑制作用が過度に発現することがあるの 26 で、投与量と投与法に配慮する必要がある。 ⑶ 救命蘇生処置の手順と方法に関するミーテ ィングをこれまでどおり定期開催するととも に、蘇生開始の判断もより充実されることが 望まれる。 27 〔裁判例 3(丙病院不適合輸血事件)〕(新潟簡略式平 18.8.31. 平成 18 年(い)第 452 号) 研修医が、輸血用血液を発注する際、診療録を確認せず患者の血液型を間違えて発注し、治療を指揮 した外科部長医師も、診療録を確認せず、研修医作成の発注書の記載を見て誤った血液型の血液を発 注し、輸血が実施されたことで患者に傷害を負わせた事例 【該当因子】 ○診療録・治療計画書等の内容を確認せず ○血 液型を誤信したことによる不適合輸血 ○結果と 因果関係ある他の医療従事者の行為あり 情状事実 略式命令であるため該当する記述なし 1 事案(裁判所認定の「罪となるべき事実」 による) ⑴ 【前提状況】 被告人Xは、……所在の丙 病院の研修医師として、同Yは、同病院の外 科部長医師として、いずれも外科の医業に従 事していたものであるが、被告人両名は、平 成 13 年 8 月 19 日午前 7 時 45 分ころ、吐血 等による大量出血の状態で同病院に救急搬送 されたV(当時 48 歳)に対し、輸血等の緊 急治療を行うに当たり、 ⑵ 【注意義務の内容】 輸血を行う際には、同 病院で保存している診療録によりVの血液型 を確認するなどして、不適合輸血による事故 の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務 があるのにこれを怠り、 ⑶ 【過失の内容】 Xは、同日午前 8 時ころ及 び同日午前 9 時ころの 2 回にわたり、いずれ も同病院 3 階集中治療室において、前記Vの ための輸血用血液を発注する際、Vの血液型 がO型であることを記載した診療録と照合せ ず曖昧な記憶のまま、VがA型血液であると 思い込み、輸血用血液発注書にA型と漫然と 記載した過失、 Yは、同日午前 9 時 30 分ころ、前記場所 において、前記Vのための 3 回目の輸血用血 液を発注する際、Vの前記診療録と照合せず X作成に係る前記輸血用血液発注書に記載さ れたA型血液をVの血液型であるものと軽信 し、輸血用血液発注書にA型と漫然と記載し た過失 ⑷ 【結果】 上記X・Yの過失の競合により、 情を知らない他の医師、看護師らをして、前 記各発注書により順次到着したA型輸血用血 液合計約 7400 ミリリットルを甲の身体に輸 血させ、よって、Vに全治期間不詳のショッ ク腎の傷害を負わせたものである。 2 当事者の主張 本件は、略式請求事案であり、被告人X・Y はいずれも事実を認め、刑事責任を争わなかっ た。 3 裁判所の判断 研修医X   :罰金 50 万円 外科部長医師Y:罰金 50 万円 4 類似事例の紹介 本件のような輸血に際してのミスについて は、刑事責任が問われるケースが目立っている。 平成 11 年から 28 年までの間に医療行為に関 して起訴(略式請求事案を含む。)された 223 件のうち、同種事例は本件以外に以下の 7 件が 存在する。 28 事 案 補足情報 略式命令 ① 千葉簡略式平 17.3.16. 平成 17 年(い)第 30264 号 平成 15 年、病棟看護師が、入院患者(女性・O型) から採血する際、採血用試験管に記載された患 者の姓だけを見て、入院中の同姓の別人(男性・ A型)から採血すると誤解して採血し、その翌 日に行われた手術の際に、その血液型で取り寄 せた血液(A型)を輸血させて、不適合輸血に よりショック死させた。術後に容態が急変し検 査したところ異型輸血が判明した。 ・ 採血容器に書かれた名前を患者の 前で読み上げ、一致していること を確認することになっていたが、 行われていなかった。 ・ 交差適合試験もしなかった。 ・ 平成 16 年、1700 万円余りの慰謝 料の支払いで示談成立(新聞報道 より) 看護師 罰金 50 万円 ② 東京簡略式平 17.3.29. 平成 17 年(い)第 30986 号 平成 13 年、准看護師Xが、患者輸血用血液(O 型)を血液センターに発注する際、別人の血液 型カードを見てB型と思い込んでB型血液を発 注し、看護師Yは輸血開始前に患者の血液型と 輸血用血液が同型であることを確認するととも に、交差適合試験を実施するべきであるのにこ れを怠って輸血した。 これにより、患者を不適合輸血による合併症 で死亡させた。 准看護師X 罰金 40 万円 看護師Y 罰金 40 万円 ③ 千葉簡略式平 17.6.9. 平成 17 年(い)第 30603 号 平成 16 年、医師Xが、輸血に際して自宅療養 中の患者の血液型を十分確認しないまま、血液 型の異なる輸血用血液を発注して患者宅に届け させ、訪問看護ステーションに勤務する訪問看 護師Yは、患者宅に届けられた血液型が診療録 等に記載された患者の血液型と一致しているか 確認しないまま輸血したため、不適合輸血によ りショック死させた。 ※一般的に在宅療養に輸血の適応は ないとされており、仮に患者が希望 してもリスクをすべて承知の上で同 意がなければ実施できないとされて いる。 交差適合試験もなされていない。 医師X 罰金 50 万円 看護師Y 罰金 20 万円 29 事 案 補足情報 略式命令 ④ 名瀬簡略式平 17.8.12. 平成 17 年(い)第 37 号 平成 12 年、看護師Xは、医師から輸血の処方 指示を受け、准看護師Y、看護師Zとともに患 者 V1(B型)に輸血するに当たり、血液処方箋 に記載された患者名、血液型と取り寄せた輸血 用血液パック、血液ラベルの記載が一致するこ とを確認した後、血液ラベルを直ちに輸血用パ ックに貼付しなかった。 看護師XがYに輸血するよう指示し、Yも、 輸血パックに血液ラベルを貼付することなく、 看護師Zに輸血を引き継いだ際、誤って同室の 入院患者 V2(O型)に輸血するよう指示した。 Zは血液処方箋等を再確認することなく乙に、 V1 のために準備された血液をもって輸血して、 V2 を異型輸血による小脳出血で死亡させた。V2 に輸血の予定はなかった。死亡直前に輸血ミス に気付いた。 ・ 医師と看護師ら 4 人が書類送検さ れたが、医師については「看護師 を信頼して指示しており、過失認 定は困難」として不起訴とされた (新聞報道より)。 ・ 平成 13 年、遺族が民事訴訟を提起。 県は輸血ミスを認めた上で、「因果 関係が不明」として争っていたが、 後に和解金 500 万円を支払うこと で和解した(新聞報道より)。 看護師X 罰金 40 万円 准看護師Y 罰金 40 万円 看護師Z 罰金 40 万円 ⑤ 岐阜簡略式平 13.4.2. 平成 13 年(い)第 182 号 平成 10 年、准看護師Yは、患者に対して自己 血輸血を実施するに際して、病棟看護師詰所冷 蔵庫内に保管されていた別人のA型の血液が注 入された血液パックを患者のO型の血液が注入 された血液パックと軽信して血液パック上に記 載された患者氏名、血液型等を確認することな く、点滴棒に吊るすなどの準備をし、看護師X も点滴棒に吊るされた血液パック上に記載され た患者氏名、血液型等を確認することなく、右 上腕の静脈に取り付けられた三方活栓に接続し、 異なる血液型の血液約 400 グラムを輸血し、よ って、異型輸血に続発した感染症に起因する心 不全により死亡させた。 輸血後に容態が急変したため、看護師が冷蔵 庫を調べたところ、冷蔵庫にこの患者の血液が 保管されたままだったことから輸血ミスに気付 いた。 ・ 輸血を指示した主治医も書類送検 されたが、医師については不起訴 処分とされた。 ・ 手術で自己輸血を使わなかった場 合は、手術が終わって患者が病室 に戻った段階で病棟の保管用冷蔵 庫に戻すのが通常だが、この患者 の血液は病棟に移されていなかっ た。 看護師X 罰金 30 万円 准看護師Y 罰金 50 万円 30 事 案 補足情報 略式命令 ⑥ 鰺ヶ沢簡略式平 13.12.19. 平成 13 年(い) 第 33 号 平成 13 年 5 月、総胆管癌等の病名により入院 中の患者が吐血によるショック状態に陥ったこ とから、輸血を実施するに当たり、看護師Xは、 ナースステーションのカルテ棚に貼付されてい た患者と別の患者の交差適合試験報告書 3 枚を もって 1 階薬局事務室に行き、同所の血液保冷 庫から取り出した輸血用血液バッグと照合する 際、血液型はO型であるにもかかわらず別患者 の交差適合試験報告書に記載されていたB型で あると誤信し、B型の輸血用血液バッグをナー スステーションまで運び、準備をし、准看護師 YとZは、それぞれ確認が不十分なまま輸血を 実施し、適合しない血液型の血液約 600 ミリリ ットルを輸血し、ABO式不適合輸血による急 性循環不全・腎不全により死亡させた。 ・ 院長ら医師 4 人と看護師 3 人が書 類送検されたが、医師 4 人につい ては起訴猶予処分とされた。 看護師X 罰金 50 万円 准看護師Y 罰金 30 万円 准看護師Z 罰金 20 万円 ⑦ 津簡略式平 14.4.3. 平成 14 年(い)第 102 号 平成 12 年 10 月、医師Xにおいて、緊急時血 液払出伝票を作成するに当たり、ドクターカル テ等によって患者の血液型を確認せず、血液型 はA型であると軽信して作成し、医師Yにおい て、輸血用濃厚赤血球を準備するに当たり、前 記と同様の確認をせず、X作成の払出伝票の記 載を軽信し、A型濃厚赤血球約 280 ミリリット ルを輸血させ、異型輸血に基づく多臓器不全に より死亡させた。 輸血終了後に尿が赤褐色に変色していること で不適合輸血が判明した。なお、本件では交差 適合試験を行っていたが、その結果を陰性と見 誤っていた。 ・ 医師 3 人と看護師 1 人が書類送検 されたが、研修医 1 人と看護師に ついては不起訴処分とされた。 ・ 平成 14 年、示談成立(金額は非公 表) 医師X 罰金 50 万円 医師Y 罰金 50 万円 31 〔裁判例 4(丁病院誤注射事件)〕(准看護師については、京都地判平 17.3.14. 平成 16 年(わ)第 832 号/大阪高判平 17.10.13. 平成 17 年(う)第 717 号、医師については、京都地判平 17.6.13. 平成 16 年(わ)第 832 号/大阪高判平 18.2.2. 平成 17 年(う)第 1147 号) 准看護師が、患者に対して誤った薬剤(塩化カリウム)を静脈注射して心肺停止状態に陥らせ、その 後、医師が適切な救急蘇生措置を行わなかったことで、患者に重大な傷害を負わせた事案 ①准看護師:京都地判平 17.3.14. /大阪高 判平 17.10.13. 【該当因子】 ◯薬品・添付文書・機器に警告表示あり ◯手術 中・検査中・投薬による器官損傷・合併症 ◯薬 種の誤り ◯投与・交付の際に薬自体を取り違え  ◯結果と因果関係ある他の医療従事者の行為あり 原審の情状事実 〇チーム内の他者の落ち度あり  〇謝罪意思の表明 〇前科なし 〇事件前までは 真面目に勤務 〇勤務先の休職・失職・退職等  〇被告人が事故後、体調不良/精神不安 〇過失 の程度が重大 〇発生結果が重大 〇不合理な弁 解 〇反省なし 〇犯行隠蔽の偽装工作あり 〇 被害者・遺族が厳罰希望 〇被害者・遺族の無念・ 精神的苦痛が大 控訴審の情状事実  〇チーム内の他者の落ち度あ り 〇1審判決後、自白に転じる 〇謝罪意思の 表明 〇被害弁償あり 〇前科なし 〇事件前ま では真面目に勤務 〇勤務先の休職・失職・退職 等 〇被告人が事故後、体調不良/精神不安 〇 過失の程度が重大 〇発生結果が重大 〇不合理 な弁解 〇犯行隠蔽の偽装工作あり 〇被害者・ 遺族が厳罰希望 〇被害者・遺族の無念・精神的 苦痛が大 ②医師:京都地判平 17.6.13. /大阪高判平 18.2.2. 【該当因子】 ◯安全性・有効性が検証されない術式・治療法を 採用 ◯チーム内の関係者が、院内規則や被告人 からの申し送り等に違反 ◯手術中・検査中・投 薬による器官損傷・合併症 ◯他科専門医への相 談・協力依頼不十分 ◯結果と因果関係ある他の 医療従事者の行為あり ◯容態急変・異常発生後 の対応不十分 原審の情状事実 〇チーム内の他者の落ち度あり  〇前科なし 〇過失の程度が重大 〇発生結果が 重大 〇不合理な弁解 〇反省なし 〇被害者・ 遺族が厳罰希望 〇被害者・遺族の無念・精神的 苦痛が大 控訴審の情状事実  〇チーム内の他者の落ち度あ り 〇罪を認め、反省 〇被害弁償あり 〇示談 成立 〇前科なし 〇勤務先の休職・失職・退職 等 〇医師・歯科医を廃業 〇過失の程度が重大  〇発生結果が重大 〇不合理な弁解 〇被害者・ 遺族が厳罰希望 〇被害者・遺族の無念・精神的 苦痛が大 1 事案(裁判所認定の「罪となるべき事実」 による) ⑴ 准看護師Yについて ア 【前提状況】 被告人Y(昭和 33 年准看 護師登録)は、准看護師として、……丁病 院に勤務し、医師の医療行為の補助等の業 務に従事していたもの、分離前の相被告人 Xは、産婦人科医師として同病院に勤務し、 患者の診察、治療等の医療行為業務に従事 していたものであるが、Yは、平成 13 年 1 月 15 日、同病院において、Xからじんま しんとの診断を受けたV(当時 6 歳)に対 し、同日午前 10 時ころ、同病院外来処置 室において、Xの指示に基づいて塩化カル シウム液を静脈注射するに当たり、 イ 【注意義務の内容】 注射する薬液の種類 を確認して薬液のアンプルを準備するのは もとより、その薬液の種類に応じた適切な 注射方法についても確認した上で、患者に 注射すべき業務上の注意義務があるのに、 これを怠り、 ウ 【過失の内容】 Xの指示した薬液を塩化 カリウム液であると誤認し、漫然、補正用 塩化カリウム液であるコンクライトKを準 備し、さらに希釈点滴して使用されるべき コンクライトKをXの指示した薬液である 32 と誤信したまま、希釈せずに、約 13 ミリ リットルをVの右手背部静脈内に注射した 過失により、 エ 【結果】 Vを高カリウム血症による心肺 停止状態に陥らせ、その結果Vに加療期間 不明の低酸素脳症後遺症による両上下肢機 能全廃、躯幹麻痺及び咽喉機能不全等の傷 害を負わせた。 ⑵ 医師Xについて ア 【前提状況】 被告人X(昭和 33 年医師 免許取得)は、……前記のとおり呼吸停止 及び心停止の状態に陥ったVの治療を行う に当たり、Vが呼吸停止及び心停止の状態 にあることを認めたのであるから、 イ 【注意義務の内容】 直ちに、自らあるい は他の医師の応援を得るなどして、Vに対 する人工呼吸及び心臓マッサージ等の救急 蘇生措置を講じるべき業務上の注意義務が あるのにこれを怠り、 ウ 【過失の内容】 そのころから、A医師ら により救急蘇生措置がとられた同日午前 10 時 20 分ころまでの間、Vの腹部及び胸部 をなでるまたは押すなどの動作を繰り返す のみで、Vに対する適切な救急蘇生措置を 行わなかった過失により、 エ 【結果】 Vに対し、加療期間不明の低酸 素脳症後遺症による両上下肢機能全廃、躯 幹麻痺及び咽喉機能不全等の傷害を負わせ た。 *事実関係の補足 ◯ 准看護師Yは、事件後、塩化カルシウム 液と塩化カリウム液を取り違えて注射した ことを否定した上、医療用廃棄物容器の中 から塩化カルシウム製剤コンクライト Ca の空アンプルを発見したとして提出するな どの偽装工作を行ったとの疑いが持たれ た。 2 当事者の主張 准看護師Yについて 検察官の主張 弁護人の主張 ① 准看護師であるYにも、医師Xとは独立して 薬液の種類や適切な注射方法を確認した上で注射 を行う注意義務がある。 ①’ 公訴事実記載の客観的事実は争わないが、准 看護師が医師から注射方法について指示された場 合には、極めて例外的な場合を除いて、その指示 どおりに注射すれば足り、アンプルのラベルの記 載等を読むなどして自らその注射方法を確認した り、再度医師に対して確認すべき注意義務はない。 ② 本件では、結果回避可能性が認められる。 ②’ 本件当時、院内には塩化カルシウム製剤とし て補正用薬液であるコンクライト Ca しか備えら れておらず、仮にYがXの指示どおりに同剤 20cc を静脈注射した場合でも本件と同様の結果が発生 していたのだから、結果回避可能性が認められな い。 ③ Yは、薬液の取り違えを隠蔽するために、偽 装して、自らが注射した薬液ではないコンクライ ト Ca の空アンプルを提出した。 ③’ 左記のような事実はない。 33 医師Xについて 検察官の主張 弁護人の主張 ① Xは、Vの心停止及び呼吸停止後すみやかに 緊急蘇生措置を講じるべき注意義務があるのに、 適切な救急蘇生措置を行わなかったという過失が ある。 ①’ Xは、Vに対して指示どおりの塩化カルシウ ムが注射されたとの認識の下で、心臓付近のカル シウムイオンの濃度を下げ、自発呼吸を再開させ、 かつ心臓に刺激を与えるための救急措置だったの であり、必要かつ十分な救急蘇生措置をしている から過失はない。 ② Xが緊急蘇生措置を講じていれば傷害の結果 は発生しなかったのであり、Xの行為と結果との 間には因果関係がある。 ②’ Xが救急蘇生措置を講じたとしても、塩化カ リウムが心臓に及ぼす作用により不整脈等を起こ して本件と同様の結果が生じていたはずであるか ら、Xの行為と結果との間に因果関係はない。 3 裁判所の判断 ⑴ 准看護師Yについて ア ①(注意義務)について 本件では、Yが手に取ったコンクライト Kは、赤地に白抜き文字で「希釈-点滴」「希 釈-腹腔内」と書かれ、赤字で「注意:必ず、 希釈して使用すること」と書かれた黄色の ラベルが貼ってあり、これに気付くことは 容易であるし、また少なくとも注射方法に ついて医師又は看護師に確認することは十 分可能であった。 それにもかかわらず、Yが基本的な確認 作業を怠り、漫然とVに注射したことに注 意義務違反があることは明白であるとし た。 イ ②(結果回避可能性)について 本件では、コンクライト Ca のアンプル にも前記と同様のラベル表示があること、 Y自身、本件の 2 日前には他の患者に対し てコンクライト Ca を希釈して使用した経 験があること等に照らすと、弁護人の主張 の前提である「Yがコンクライト Ca を希 釈して使用すべき点を看過したことに過失 がない」という前提自体が失当であるから、 弁護人の主張は採用できないとした。 ウ ③(空アンプルの提出)について 本件では、患者の容態急変後、他の看護 師らが、Yが注射した薬液の空アンプルを 見つけようと医療用廃棄物処理容器の中を 探索したが発見できなかったにもかかわら ず、その後、Yが同所を探すと容器内の上 の方にある空アンプルを発見できたという のは不自然であること、Yが発見した空ア ンプルに汚れた様子は認められなかったこ と等に照らせば、処理容器の上の方にある 空アンプルを見つけたとするYの供述は容 易に信用できず、Yが本件直後、前記処理 容器内にコンクライト Ca の空アンプルが あったかのように装ったことは明らかであ るとした(量刑理由では、この点を悪情状 の一つとしている。)。 エ 結論 准看護師Y:禁錮 10 月(実刑) なお、その後、控訴審は、原審判決後、 Xが罪の成立を争わない姿勢に転じたこ と、本件をめぐる民事訴訟においてXらに 対して合計 2 億 4000 万円の支払いを命じ る判決が確定し、そのうち 2 億円が保険金 によって既に支払済みであるほかYが親族 らの協力の下に 100 万円を支払っているこ ととの事情を考慮し、禁錮 8 月(実刑)と 変更した。 ⑵ 医師Xについて ア ①(過失)について 一般的に、医師としては、患者が心停止 及び呼吸停止の状態に陥っていることを認 識した場合にはすみやかに救急蘇生措置を 開始し、脳に対する障害を防止するよう努 34 める必要があり、Xも一般論としてそのこ とを認めていること、本件でXが行った救 急措置の医学的根拠については、捜査や公 判を通じて著しい変遷が見られるばかりか 説明内容も合理的でないこと等に照らせ ば、XはVに対して人工呼吸等の救急蘇生 措置をとるべきであった。 それにもかかわらず、XがVの胸部及び 腹部等を押すような動作を繰り返すのみ で、自身が人工呼吸等の救急蘇生措置を行 わず、また看護師等に対して適切な指示を 行わなかったことは、医師としての業務上 の注意義務違反があることは明らかである とした。 イ ②(因果関係)について A医師及びB医師(ともに患者の心停止 等後に応援要請を受けた医師)の供述によ れば、患者において病的な原因がなく、カ リウム投与による心停止の場合には、心臓 マッサージで血液が循環し心臓周辺のカリ ウム濃度が下がることで心臓の機能が回復 することが十分に期待できること、現に本 件ではA医師らの心臓マッサージ等の蘇生 措置により心臓の機能は回復し、かつVに 心臓に関する後遺障害は発生していないこ と、一般に子供の脳の方が大人の脳に比べ て虚血に強く、心停止及び呼吸停止後すみ やかに救急蘇生措置を開始していれば、現 に生じたような後遺症が生じなかったか、 あるいは全く後遺症を残さなかった可能性 もあること等が認められる。 他方、Xは、自らが主張する内容の理由 を全く説明できていない。 よって、Xが、心停止等を認識した後に すみやかに救急蘇生措置を開始していれ ば、本件のような重篤な後遺障害は生じな かったとした。 ウ 結論 医師X:禁錮 1 年(実刑) なお、その後、控訴審は、前記Yと同様 の事情のほか、Xが保険金とは別に 500 万 円を支払っていること、Xが医師免許を返 上したこと等の事情もあわせて考慮し、禁 錮 10 月(実刑)と変更した。 35 36 巻末資料 2 刑法・刑事訴訟法の考え方 37 第1 刑法の考え方 1 犯罪の概念と構成要件 どのような行為が犯罪に当たるのか、故意、過失とはどのような概念なのか等の内容に関わる事項に ついては「刑法」という名称の法律に規定されている。刑法における「犯罪」とは、刑罰という制裁を科 すにふさわしい行為(当罰的行為)であり、かつ現に法律によって刑罰を科することができる行為(可罰 的行為)である。 ここにいう「当罰的行為」とは、①法秩序に反する違法な行為であるとともに、②違法行為をしたこと について、行為者を非難できる有責な行為をいう。社会には、数多くの違法・有責な当罰的行為が存在し ているが、刑法は、これらの全てを処罰対象とするわけではなく、あらかじめ違法・有責行為を類型化し て、法律に「犯罪」として規定しておき、その類型に具体的に当てはまる行為のみを刑罰の対象としてい る。法律に規定されるこのような類型を「構成要件」という。このように「法律に明確に規定していない 限り、刑罰賦課という究極的な権力行使を許さない」という人権保障のための原則を、「罪刑法定主義」 といい、この原則は、憲法に規定されている。 ※ たとえば、意図的な契約不履行により契約当事者に多大の財産的損害を与える行為は違法行為で あり(民事上は、相手方に損害を賠償する責任が生じる)、行為者を非難できるといえるから、違法 かつ有責な行為といえるが、刑法においては、それが詐欺や背任等の要件を充足しない限りは、犯 罪にはならない。このように、「犯罪」の範囲は厳格に規定され、必要最小限度に限定されている。 したがって、ある者の行為が、刑法にいう「犯罪」に当たるのかの判断に当たっては、まず「当該事実 が、構成要件に該当するかどうか」の検討からはじまる。その際は、証拠によって確定された事実が、構 成要件が予定している行為に合致するかどうかを評価する。 構成要件は、以下の 2 つの要素からなる。 ・ 客観的構成要件要素:存在が外見的に認識され得る要素 (例)① 実行行為、② 結果、③ 因果関係 ・ 主観的構成要件要素:行為者の内心に関するもので、外見的には直接認識することができない心理的要 素 (例)④ 故意又は過失 以下の〔設例 1〕は、医療現場における「殺人」の例である。現実には想定しがたい事案であるが、構 成要件の概念、故意・過失の概念の理解を容易にするため、あえてシンプルな事例としている。 〔設例 1〕 医師Aが、④患者Bを死亡させるために、①塩化カリウムを急速静注し、③よって、②患者Bが 急死した。 〔設例 1〕では、「①医師Aによる塩化カリウムを急速静注し」が殺人の実行行為、「②患者Bの死亡」 38 が結果、「③よって」が塩化カリウムの急速静注により死亡したという因果関係を示している。これらは、 殺人罪(刑法第 199 条)の客観的構成要件要素である。 主観的構成要件要素としての「故意」は、客観的構成要件要素に該当する事実を認識しかつその実現を 意図するか、又は少なくとも認容(仕方ないと消極的に受忍)していることである。〔設例 1〕では、「④ 患者Bを死亡させるために」という部分に相当するが、具体的には、①〜③の事実を「認識」し、かつそ の実現を意図して、「認容」していたにもかかわらず、塩化カリウムを急速静注するという、医師Aの内 心の心理状態が「故意」と呼ばれる。 刑事裁判官が、医師Aを殺人罪に処するためには、検察官が①〜④の全てを証拠により立証すること が必要である。たとえば、いわゆる積極的安楽死(医師が終末期の状態にある患者を苦痛から解放するた めに意図的に殺すこと)の事案において、殺人罪の成否が問題となる理由は、医師の行為が、たとえ患者 を苦痛から解放したいという患者のための行為であったとしても、患者の死亡について、故意(患者を死 亡させることを意図していること)が肯定されるからであり、以下に述べる「過失」による医療事故の事 例とは、刑法上明確に区別される。 2 過失 刑法における「過失」の理解をめぐっては多くの学説が存在するが、ここでは「不注意により、上記の 客観的構成要件要素に該当する事実の認識又は認容を欠いて、客観的構成要件要素に該当する行為をな すこと」とし、以下にその概要を説明する。 刑法は「罪を犯す意思がない行為は、罰しない」(刑法第 38 条第 1 項本文)とし、刑罰の対象を故意犯 に限ることを原則としつつ、「法律に特別の規定のある場合」に限って、過失犯を処罰することとしてい る(刑法第 38 条第 1 項ただし書)。過失による行為を処罰するのは、あくまで例外としてということで ある。 〔設例 2〕は、医療現場における「業務上過失致死」の事例である。 〔設例 2〕 医師Aが、④患者Bに抗生物質を投与しようと考え、誤って、①塩化カリウムを急速静注し、③ よって、②患者Bが急死した。 〔設例 2〕では、①②③は〔設例 1〕(殺人の事例)の客観的構成要件該当事実と同じであるものの、① ②③の事実の認識や認容を欠き、患者Bの死亡について故意を認め得ないため、殺人罪は成立しない。 この点に関し、刑法第 211 条前段(業務上過失致死傷罪)は、「業務上必要な注意を怠り、よって人を 死傷させた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。」と規定しており、医師 Aについては業務上過失致死傷罪が成立するかを検討することとなる。 ここで、〔設例 1〕と〔設例 2〕とを比較すると、刑法第 199 条(殺人罪)の構成要件は「人を殺した 者」であり、その「故意」の内容を比較的容易に観念できるのに対し、刑法第 211 条前段(業務上過失致 死傷罪)の構成要件は、単に「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者」とのみ規定されてお 39 り、「過失」の内容については、裁判官が、個別具体的に補充して構成要件を確定する必要がある。そこ で、過失犯の構成要件は、内容の補充を必要とする意味で、「開かれた構成要件」と表現されることもあ る。過失犯の構成要件の具体的内容について、判例・実務における一般的理解を以下に示す。 ・ 「過失」とは、「不注意な行為」であり、その内容は「不注意」という心理と、その心理下に行われた 「行為」(以下「過失行為」という。)からなる。 ・ 「不注意」とは、注意義務を怠ることであるから、(i)行為者に注意義務があり、かつ(ii)行為者 が注意義務を怠ったこと(注意義務違反)が必須となる。また、(iii)行為当時、行為者が注意義務 を履行することが可能な状況にあったことも必要である。 ・ さらに、注意義務違反を肯定するためには、(i)結果発生の予見可能性と(ii)結果発生の回避可能 性が肯定されなければならない。 ※ 予見可能性について、判例は、一般人(社会一般の通常人ではなく、行為者と同じ立場の者(たと えば医師Aが脳外科医であれば、通常の脳外科医)を指す。)の能力を基準として判断する(最決平 12.12.20.平成 10 年(あ)第 579 号)。 なお、結果の発生が予見され、又はその予見が可能であるからといって、常にその結果を回避すべき義 務が課されるわけではない。その一例を以下に示す。 〔設例 3〕 医師Aが、大動脈瘤破裂で搬送されてきた患者Bを救命するために、①緊急に人工血管置換術 を行ったところ、③その際の同手術において一定頻度で発生することが知られる低酸素脳症をき たし、よって、②患者Bが死亡した。 〔設例 3〕では、医師Aは、患者Bに対して、低酸素脳症及びそれに伴う死亡がある程度の確率で予想 される緊急人工血管置換術を実施している点で、「手術を行うことにより患者が低酸素脳症をきたす可能 性がある」という予見可能性の存在を否定できない。 しかし、医師Aは、その手術を行うことを回避すべき義務(結果回避義務)を、常に負っているわけで はない。医師が、大動脈瘤破裂で搬送されてきた患者を救命するために、今日の医学水準を充たした緊急 人工血管置換術を行っている以上、その結果、患者が死亡したとしても、医師が手術を行ったこと自体を ただちに過失とすることはできないと考えられている。 予見可能性の存在が否定できない危険な行為であっても、当該業務に必要な注意を払っている以上は、 当該行為の持つ有益性(〔設例 3〕においては、当該緊急手術を行わないと患者Bは死亡するため、当該 手術を行うことは、リスクを取っても試みるべき有用性があるといえよう)にかんがみ、結果回避義務を 免除すべき場合がある。このような場合を「許された危険」という。医療従事者として一般に求められる 注意を怠らずに行った医療行為は、刑法上も「許された危険」に当たる場合が多いと考えられる。 3 業務上過失 医療行為における過失で問題となるのは、「業務上過失」であるが、業務上過失とは、行為者が業務者 という身分を有するがゆえに特別に高度の注意義務を課せられる場合をいう(最判昭 26.6.7.昭和 25 年 40 (れ)第 146 号)。 刑法第 211 条にいう「業務」の意義は、「本来人が社会生活上の地位に基き反覆継続して行う行為であ つて(略)、かつその行為は他人の生命身体等に危害を加える虞のあるものであることを必要とするけれ ども、行為者の目的がこれによつて収入を得るにあるとその他の欲望を充たすにあるとは問わないと解 すべきである」(最判昭 33.4.18.昭和 29 年(あ)第 2523 号)とされ、「他人の生命身体等に危害を加え る虞あるもの」だけではなく、「人の生命・身体の危険を防止することを義務の内容とする業務」も含ま れる(最決昭 60.10.21.昭和 58 年(あ)第 829 号)。 法定刑については、過失傷害罪(刑法第 209 条)が「三十万円以下の罰金」であり、過失致死罪(刑法 第 210 条)が「五十万円以下の罰金」であるのに対し、業務上過失致死傷罪(刑法第 211 条前段)は「五 年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金」となっており、業務上過失致死傷罪は、過失致死傷罪 より重い法定刑の罪として規定されている。 これは、人の生命・身体に対し危害を与えるおそれがある行為等を行う者は、すなわち業務者という身 分を有する行為者は、不注意によって死傷の結果を発生させることがないよう、特別に高度な注意義務 が課せられているためと考えられる。そのような注意義務を怠って死傷の結果を発生させた場合は、通 常人の場合よりも一般的に重い刑罰をもって処罰されることになる。 4 実務における思考プロセス 過失犯に対する考え方は、概ね上記のとおりであるが、実際の事例に遭遇した場合に、「業務上過失」 があるといえるのか、その判断のためにいかなる思考プロセスを経るべきか、〔設例 2〕を取り上げ、簡 単な図を用いて説明したい。 なお、ここではわかりやすくするために、設例を極めて単純化しているが、実際の事案においては、複 数の過失行為が重なって結果が発生していたり、管理者や監督者の過失が問題となっていたりすること もあり、個別具体的に過失の存否が判断されることに留意していただきたい。 41 図 1 客観的構成要件要素を、次に主観的構成要件要素を検討する。まず、客観的構成要件要素とし ては、実行行為及び結果とその間の因果関係の存在があげられる。また、主観的構成要件要素の検討 においては、客観的構成要件事実についての認識・認容の存否や注意義務違反の存否により故意犯又 は過失犯の成否を検討する。たとえば、投与予定の薬剤が塩化カリウムであること W 認識し、かつ塩 化カリウム投与により人を殺害しよう又は死亡しても構わないと認容した場合は、故意を認め殺人罪 の成否が問題となる。他方、塩化カリウム投与により人を殺害しよう又は死亡しても構わないとは考 えていない場合であり、注意義務違反を認める場合には過失犯の成否が問題となる。 〔設例 2〕 医師Aが、④患者Bに抗生物質を投与しようと考え、誤って、①塩化カリウムを急速静注し、③ よって、②患者Bが急死した。 1) 客観的構成要件要素(①行為、②結果、③因果関係)の検討 まず、「②患者Bの死亡」という結果を引き起こした①行為について考える。捜査を通じ、患者Bの死 亡直前に、医師Aが薬剤を投与しており、その際に抗生物質と塩化カリウムを取り違えた可能性が認め られ、また、一般に塩化カリウムを急速静注すれば人は致死性不整脈をきたし死亡するという医学的事 実を踏まえると、一応、医師Aによる塩化カリウムの誤投与が、過失行為であり、死亡の原因ではないか という合理的な仮説を立てることができる。 次に、②結果と③因果関係についてであるが、患者Bの死亡の事実について争点となることはほとん 42 どないと考えられるが、因果関係については、その証明が極めて重要となる。その決定的な証拠の一つが 「死体解剖の所見」である。医師Aが塩化カリウムを投与した直後に、患者Bが死亡していたとしても、 直ちに医師Aと患者B死亡との間に因果関係が成立するわけではない。たとえば、患者Bの死が、塩化カ リウムによる不整脈に影響されておらず、同時刻にきたした脳出血が死因であったならば、因果関係が 否定され、客観的構成要件を満たさないため犯罪が成立しない。 ※ 〔設例 2〕のような事例の死因を明らかにするためには、死体解剖を行うことが必要になる。一定 の地域に住む集団を対象とした疫学研究(久山町研究)では、解剖例(剖検率 87.5%)の 14.6%が 急死(日常生活に制限がなく、入院もしていなかった人が、急性症状の発現から 24 時間以内に死亡 した事例)であった。5このうち、66%が心疾患、19%が大動脈解離、14%が脳卒中による死亡であ った。5このように、「急死」は決して稀でなく、医療行為中に予期せず死亡した場合であっても、 医療行為と無関係に、偶然に同時期に発症した疾病によって死亡している可能性は十分にある。5 このような客観的構成要件要素の検討に引き続き、主観的構成要件要素(ここでは過失)を検討する。 その際、具体的には、注意義務違反が存在したかどうかを考える(そこでは、結果予見可能性、結果回避 可能性、結果回避義務の存否が問われる)。 なお、仮に、医師Aが患者Bの死亡について、犯罪事実を認識かつ認容し、すなわち故意に事故を起こ したのであれば、故意犯(殺人罪)の成否を考えることとなるが、ここでは、特段そのような故意を推認 させる事情がないものとする。 2)注意義務違反の検討(その1)---- 結果の予見可能性 行為当時において、結果発生を予見することが可能であったかを検討する。医師であれば、注射した薬 剤が誤った薬剤(ここでは、塩化カリウム)であることを認識できたと考えられれば、結果予見可能性が 肯定される。仮に、製造工程や院内のシステムエラーにより、本来抗生物質が入っている容器に、塩化カ リウムが混入しており、医師Aが、当該薬剤が塩化カリウムであることを認識することが不可能であっ たならば、結果予見可能性が否定されよう。その場合は、医師Aについて刑事責任を問うことはできない ことになる。 3)注意義務違反の検討(その2)---- 結果の回避可能性 当時の具体的状況のもとで、現実に結果回避措置をとることが可能であったかを検討する。ここでは、 医師Aが、きちんとラベルを確認するなどしていれば、塩化カリウムの誤投与を避けることは可能であ り、そのことにより患者Bの死を回避できたといえるならば、結果回避可能性が肯定される。 4)注意義務違反の検討(その3)---- 結果回避義務 さらに、医師Aに結果回避義務を認め得るかを検討する。たとえば、医学的準則として、塩化カリウム を誤投与しないために、事前にアンプルのラベルの確認を行うなどの具体的な結果回避措置をとる義務 があるとされると、結果回避義務が認められ、医師Aが患者Bに静脈注射を行う際に、ラベルを確認して いないと認定されれば、結果回避義務違反が肯定されよう。 これら1) 〜 4) の全てが肯定されると、医師Aは、結果回避義務を怠って一定の行為をしたため、 構成要件的結果を発生させたとして、はじめて刑法第 221 条前段の業務上過失致死傷罪に問われる可能 性が浮上するのである。 43 〔コラム 1〕 判決文を読む(福島地判平 20.8.20.) ここでは、「4 実務における思考プロセス」において示した内容が、実際の裁判においてどのように 認定されているかについて、以下の判決文を題材に説明する。 産婦人科医師である被告人が、全前置胎盤患者に対して帝王切開を行い娩出させた後に癒着胎盤 であると判明し、用手剥離やクーパー剥離を実施して胎盤を娩出させたが出血が止まらず、その後 の子宮摘出完了後に患者が死亡した事案(福島地判平 20.8.20.平成 18 年(わ)第 41 号) 本判決は、まず過失判断の前提として、患者の死因が出血性ショックによる失血死であり、総出血 量のうちの大半が胎盤剥離面からの出血であることから、被告人の胎盤剥離行為と本件患者の死亡と の間に「因果関係」があることを認定した。 そのうえで、一般的な過失構造論にほぼ則り、段階を踏んで過失の認定を慎重に行っている。 まず、1)「(結果)予見可能性」について、「癒着胎盤と認識した時点において、胎盤剥離を継続 すれば、現実化する可能性の大小は別としても、剥離面から大量出血し、ひいては、本件患者の生命 に危機が及ぶおそれがあったことを予見する可能性はあった」とし、これを肯定している。 次に、2)「結果回避可能性」について、①被告人が、胎盤が子宮に癒着していることを認識した 時点で、直ちに胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行すること自体は可能であったとしたうえ で、②「胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行した場合に予想される出血量は、胎盤剥離を継続 した場合である本件の出血量が……著しく大量となっていることと比較すれば、相当に少ないであろ うと言うことも可能である」ことから、「単なる可能性の有無というレベルに止まるが」、胎盤剥離を 中止して子宮摘出手術に移行することによる大量出血の結果回避可能性も肯定した。 そして、3)被告人に「胎盤剥離中止義務」(結果回避義務)があったかについては、「臨床に携わ っている医師に医療措置上の行為義務を負わせ、その義務に反したものには刑罰を科す基準となり得 る医学的準則は、当該科目の臨床に携わる医師が、当該場面に直面した場合に、ほとんどの者がその 基準に従った医療措置を講じていると言える程度の、一般性あるいは通有性を具備したものでなけれ ばならない」ところ、①当時の臨床上の標準的な医療措置は、「開腹前に穿通胎盤や程度の重い嵌入 胎盤と診断できたもの、開腹後、子宮切開前に一見して穿通胎盤や程度の重い嵌入胎盤と診断できた ものについては胎盤を剥離しない。用手剥離を開始した後は、出血をしていても胎盤剥離を完了さ せ、子宮の収縮を期待するとともに止血操作を行い、それでもコントロールできない大量出血をする 場合には子宮を摘出する」というものであったこと、②医学文献の記載からは、用手剥離開始後に癒 着胎盤であると判明した場合に、剥離を中止して子宮摘出を行うべきか、それとも剥離を完了した後 に止血操作や子宮摘出を行うのかという点を一義的に読みとることは困難であることに照らすと、検 察官が主張するような癒着胎盤であると認識した以上、直ちに胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に 移行するという医学的準則が、上記の程度に一般性や通有性を具備したものであることの証明はなさ れていないとした。 また、胎盤剥離を継続することの危険性の大きさ等を根拠とした胎盤剥離中止義務が認められるか については、「義務があるとするためには、検察官において、当該医療行為に危険があるというだけ でなく、当該医療行為を中止しない場合の危険性を具体的に明らかにした上で、より適切な方法が他 にあることを立証しなければならないのであって、本件に即していえば、子宮が収縮しない蓋然性の 高さ、子宮が収縮しても出血が止まらない蓋然性の高さ、その場合に予想される出血量、容易になし 得る他の止血行為の有無やその有効性などを、具体的に明らかにした上で、患者死亡の蓋然性の高さ を立証しなければなら」ず、「少なくとも、相当数の根拠となる臨床症例、あるいは対比すべき類似 性のある臨床症例の提示が必要不可欠である」が、検察官によってその証明がなされているとはいえ ないとした。 以上によれば、被告人に胎盤剥離を中止すべき義務があったと認めることはできないとして、裁判所 は、被告人を無罪とした。 44 5 情状と量刑 医師に業務上過失致死傷罪が成立する場合には、法定刑の範囲内で刑が決定されるが、その際は量刑 を決める基準となる事実を「情状事実」という。「情状事実」は、犯罪行為及びそれに密接に関連する「犯 情」と、それ以外の「一般情状」とに分類される。 参考として、本研究会で解析の対象となった刑事裁判群のうち、公判請求された事案について、どのよ うな情状事実が考慮されているか示す(表 5)。その結果、刑を軽減させる事情(以下「良情状」という。) としては、前科のないこと、事件前まで真面目に勤務していること、示談が成立していること、罪を認め 反省していること等が考慮されていた。一方で、刑を重くさせる事情(以下「悪情状」という。)として は過失の程度が重大であること、発生結果が重大であること、被害者遺族の無念さ・精神的苦痛が大きい こと、被害者遺族が厳罰を希望していること等が考慮されていた。 表 5 情状事実(公判請求事件) わが国では、前に刑に処せられたことがない者等が、3 年以下の懲役若しくは禁錮又は 50 万円以下の 罰金の言い渡しを受けるときは、情状により、その刑の執行の全部が猶予されることがある(刑法第 25 条第 1 項)。刑事裁判官が、全部執行猶予の判断をする際においては、被告人に誠意が認められ示談に至 っているか、保険金等の十分な支払いがなされているかなどが考慮されていると見られ、示談の成立や 良情状 悪情状 ・院内のチェック・指導・保管管理体制不十分 ・過失の程度が重大 ・経営者ではないため環境整備に制約あり ・発生結果が重大 ・チーム内の他者の落ち度あり ・被害発生後も拡大防止措置とらず ・既往症が影響した可能性あり ・自己の経済的利益優先 ・慌ただしい状況下での事故 ・事故後、診療録に虚偽を記載 ・社会的制裁を受けている ・犯行隠蔽の偽装工作あり ・医療の一般水準に対応する努力を怠る ・罪を認め、反省 ・不合理な弁解 ・1審判決後、自白に転じる ・反省なし ・不利益事実を進んで告白 ・被害者・遺族が厳罰希望 ・謝罪意思の表明 ・被害者・遺族の無念・精神的苦痛が大 ・被害弁償あり ・余罪あり ・示談成立 ・社会的影響が大きい ・被害者・遺族が厳罰望まず ・前科なし ・罰金前科のみ ・事件前までは真面目に勤務 ・勤務先の休職・失職・退職等 ・医師・歯科医を廃業 ・被告人が事故後、体調不良/精神不安 ・被告人が高齢である ・長期間の勾留あり 一般情状 犯情 45 保険金の支払いといった事情が、刑事裁判に一定程度の影響を与えていると考えられる。2 第2 刑事訴訟法の考え方 これまでみてきたように、「犯罪」や「過失」の概念は、「刑法」が規定しているところであるが、どの ような流れで捜査や公判等の手続が進められるかについては、「刑事訴訟法」に規定されている。 1 基本的考え方 故意犯であるか、過失犯であるかを問わず、犯罪によって社会秩序が侵害された場合、犯人を処罰する ことによって、社会秩序を回復することが求められる。憲法第 31 条は、「何人も、法律の定める手続によ らなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定しているが、 これは罪刑法定主義とともに、適正手続の保障を定めたものである。適正手続の保障は、裁判所における 手続だけでなく、捜査機関の手続においても要請される(最大判昭 45.11.25.昭和 42 年(あ)第 1546 号)。 2 捜査 「捜査」とは、犯罪を犯した疑いのある者(被疑者)を探索して、必要があればその身柄を確保し、そ の者に対する公訴の提起及び維持に必要な証拠を集める捜査機関の活動をいう。また、捜査機関は、犯罪 があると思料するときは、その犯人と証拠とを捜査することとなっている(刑訴法第 189 条第 2 項)。 捜査については、その目的を達成するために必要な方法を採用することができるが、任意捜査を原則 とし、強制捜査は、刑事訴訟法に特別の定めがある場合でなければできない(刑訴法第 197 条第 1 項)。 捜査機関による捜査に協力を得られない場合は、捜査機関による逮捕、証拠の捜索、差押えがなされる場 合もあるので、以下にそのおおまかな流れを説明する。 被疑者の身柄の確保は、逮捕、勾留によって行われる。捜査機関は、現行犯の場合等を除き、裁判官の 発する令状(逮捕状)によって、被疑者を逮捕することができる(刑訴法第 199 条)。そして、被疑者に 対し、直ちに犯罪事実の要旨と弁護人選任権があることを告げた上弁解の機会を与え、留置の必要があ ると思うときは、警察が逮捕したときにはその逮捕のときから 48 時間以内に、書類及び証拠物を添えて 身柄を検察官に送致しなければならない(刑訴法第 203 条)。 検察官は、送致された被疑者を受け取ったときは、弁明の機会を与え、留置の必要があると判断すると きは、裁判官に被疑者の勾留を請求するか、又は公訴の提起をしなければならない。なお、公訴の提起が なされたときは、後で述べるように、裁判官が勾留に関する処分を行うので、検察官は、勾留の請求をす る必要がない。 裁判官は、勾留請求を受けたときは、勾留要件の存否を判断し、勾留の要件が充たされているときは、 速やかに勾留状を発する。被疑者の勾留期間は、原則として勾留請求の日から 10 日であり、裁判官は、 やむを得ない事情がある場合に限り、検察官の請求により 10 日を越えない限度でこの期間を延長するこ とができる。取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨 を告げなければならない(黙秘権の告知)。 46 捜査においては、証拠の収集が行われる。捜査機関による捜索、差押えについては、裁判官からの捜索、 差押え令状によることが原則となる。 3 公訴の提起(起訴) わが国で、被疑者を刑事訴追し得るのは、原則として検察官のみである。検察官が刑事訴追することを 「公訴の提起」(起訴)という。また、わが国は、犯罪の嫌疑があり、訴訟条件が備わっていても、犯人 の性格、年齢、境遇、犯罪の軽重、情状、犯罪後の状況により訴追を必要としないときは、公訴の提起を しないこと(起訴猶予処分)ができることとなっており、検察官は、起訴するかどうかの裁量権をもって いる(起訴便宜主義)。 検察官は、起訴状(被告人を特定する情報のほか、公訴事実、罪名等が記載されている。)を裁判所に 提出して公訴を提起する。公訴提起された被疑者は、「被告人」と呼ばれることとなる。 4 公判手続 公訴の提起により、被告事件は裁判所に係属する。公判手続は、被告人が出頭しなければ行うことがで きないのが原則である。そこで、被告人の出頭を確保するために、召喚・勾引・勾留といった強制処分が 認められている。 このうち、勾留は、被告人を拘禁する裁判及び執行であって、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる 相当な理由がある場合で、かつ、被告人が①住所不定のとき、②罪証隠滅のおそれがあるとき、③逃亡の おそれがあるとき、のいずれかに当たる場合で、勾留の必要性を備えている場合のみに行うことができ る。勾留は、被告人の出頭を確保し、証拠隠滅を防ぐという目的のほかに、有罪判決の場合に備えて、そ の執行を確保するという目的も有する(最決昭 25.3.30.昭和 25 年(し)第 6 号)。ここでいう勾留は、 判決が確定していない時点の勾留という意味で、「未決勾留」ともいわれる。 勾留されている被告人は、弁護人と立会人なくして接見し、又は書類その他の物を授受することがで きる。勾留期間は、公訴の提起があった日から 2 か月間となっているが、特に継続の必要がある場合に は、具体的にその理由を付した決定で、1 か月ごとに更新することができる。なお、一定額の保証金の納 付を条件として身体拘束を解く「保釈」が行われることもある。 公判期日の審理が迅速かつ充実して行われるためには、事件の争点及び証拠を、公判に先立って充分 に整理していることが重要である。とりわけ、連日的に開廷して計画的な集中審理を実現するためには、 事前に争点が整理され、当事者双方の立証計画が確立されていることが必要不可欠となるため、平成 16 年の刑事訴訟法改正により、公判前整理手続が設けられた。 公判期日における手続は、まず、冒頭手続(人定質問、起訴状朗読等)がなされる。ここで、当事者双 方の主張が明らかにされると、次に、その主張が果たして正当な根拠をもつかどうかを調べることとな る(証拠調べ)。当事者の主張する事実が存在するかどうかの判断(事実の認定)は、証拠によらなけれ ばならない。また、「疑わしきは被告人の利益に」という法原則にもあらわれているように、証明を要す る事実を、検察官が「合理的な疑いを超える程度」に証明しなければならない。 証拠調べの後、検察官は事実及び法律について意見を陳述しなければならず(論告)、この際、一般に、 47 求刑がなされる。その後、被告人及び弁護人も意見を陳述する。なお、被告人は、終始沈黙し、又は個々 の質問に対し、供述を拒むことができる。最後に、裁判長が、公判廷で判決を宣告する。 5 略式手続 このような公判手続を行うことが、刑事訴訟法の予定する原則論であるものの、中間報告の第2章で みたように、刑事医療裁判の多くについては略式裁判が行なわれている。略式裁判とは、検察官の請求に より、簡易裁判所の管轄に属する 100 万円以下の罰金又は科料に相当する事件について、被疑者に異議 のない場合、上記のような正式裁判によらないで、検察官の提出した書面により審査する裁判手続であ る。簡易裁判所において、略式命令が発せられた後、略式命令を受けた者(被告人)は、罰金又は科料を 納付して手続を終わらせることができる。命令に不服がある場合には、命令を受け取ってから 14 日以内 に正式裁判を申し立てることも可能である。 48 〔コラム 2〕 諸外国における医療事故と刑事過失 医療事故に対する刑事責任のあり方を検討するに当っては、日本と同様の刑事司法制度を持つ諸外 国における状況を参考とすることも有益である。この点についての世界の法制を概観すると、①医療分 野の事故と他の領域の事故とを区別しないで同様に処罰するもの、②基本的に統一的な枠組みで対応 しつつ、医療事故の特殊性を勘案して緩やかな態度を示すもの、③一般に過失による事故には刑事責任 を問うことに消極的で、結果として、医療事故に対しても刑事責任を問うのがきわめて例外的とするも のの 3 つに分けることが可能であろう。 ①の医療分野の事故と他の領域の事故とを区別しないで同様に処罰する法制の代表はドイツのそれ である。ドイツでは、医師による医療事故についても刑法の過失致死傷罪(致死の場合は 5 年以下の自 由刑又は罰金〔222 条〕、致傷の場合は 3 年以下の自由刑又は罰金〔229 条〕)が適用され、連邦通常裁 判所(通常事件の最上級審裁判所)の判例により、重過失の場合のみに処罰が限定されるというような 医師の特権(Arztprivileg)は存在しないとされている。重過失と通常過失の区別は、過失犯の成否に 関わるのではなく、量刑に関わるものに過ぎないとされる。ドイツでは、軽率性(Leichtfertigkeit) と重過失(grobe Fahrlässigkeit)はほとんど同義に用いられている。これを区別すべきだとする有力 な見解によれば、軽率性は客観的に注意義務違反の度合が著しい場合をいい、軽率な行為であっても、 行為者の主観的事情(経験・知識、仕事の負担の大小、緊急性の有無等)により非難が減少する場合に は重過失にならないというように理解すべきだとされる。ただ、この軽率性の中にも、単純ミスでただ その度合が著しい場合と、むしろ無謀な行為と呼び得る場合の両方が認められているようである。 ②基本的に統一的な枠組みで対応しつつ、医療事故の特殊性を勘案して、緩やかな対応を示すもの としては、オーストリア法が挙げられる。オーストリアでは、医療領域における過失傷害については、 著しい過失であった場合を除き、被害者の健康侵害ないし就労不能の日数が 14 日を越えない限り、犯 罪とならないとの規定がある(刑法第 88 条第 2 項)。この規定は、過失傷害のケースに限られた特別 扱いであるが、部分的であるにせよ、このような考慮が認められるということは、医療事故全般につい てもその特殊性が意識されていることを示すものといえよう。現に、オーストリアにおける医療事故に 対する過失責任の追及は、ドイツのそれと比べると全体として限定的だともいわれている。 アメリカ合衆国においては、そもそも過失事例で刑事責任を問うこと自体が例外的とされる。したが って、医療事故は原則として民事事件として取り扱われてきており、その意味で、③医療事故に対し刑 事責任を問うことをきわめて例外的とする法制がとられているといえる。ただ、医療事故が刑事事件と なった例もまったくなかったわけではなく、とりわけ 1980 年代以降、刑法犯として訴追される事例が 幾分か増加しているといわれる。アメリカ合衆国では、結果発生の危険を認識しつつ行為する場合 (reckless)と不注意により危険を認識せずに行為する場合(negligent)とに区別され、刑事責任の 追及は原則として前者に限定されるものの、後者のケースでも程度の重大な場合には刑事訴追が行わ れる場合もある。ただ事例数はきわめて少数である。全体として見ると、医療事故は民事事件として解 決されており、医師に対し行政処分が行われることがあるにとどまるといえよう。 49 参考文献 1. 飯田 英男, 刑事医療過誤 III , 信山社 (2012) 飯田 英男, 刑事医療過誤 II〔増補版〕 , 判例 タイムズ社 (2007). 2. 藤宗和香, 医療過誤事件の捜査・処理 -刑事処罰の行方-, 医療の質・安全学会誌, 12, 184-205 (2017). 3. 医事関係訴訟に関する統計, 最高裁判所. 4. 一般社団法人日本医療安全調査機構, 診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業報告書. 5. Nagata M, et al. Temporal trends in sudden unexpected death in a general population: The Hisayama Study. Am Heart J. 2013; 165: 932-938.